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妖菓子ソワレ <シュクル>

   

「あれは…………おじさまが、わたしに」
「ムッシウ・カドノが?」
「はい。わたしのために、自分で選んで買ってきて下さったんだそうです。わたしの部屋を、少しでも明るくしようと」

妖菓子ソワレ ~シュクル~
Illustration:まめゆか

 

◆シュクル◆
《ドラジェ》
 ラテン語で「甘い菓子」を意味する、「トラゲマタ」が語源の糖衣菓子。ナッツやチョコレートなどを、美しい色合いの砂糖生地で包む。

 リオン。
 リオン、モン・プティ。
 こちらへ、いらっしゃい。
 ムッシウ、御紹介致します。
 先日、手元に引き取りました、孫の「リオン」ですの。
 さあ、わたくしのかわいいリオン、夜空を駆ける小さな獅子王。
 こちらのムッシウに、おばあさまの大切なお友達に、御挨拶を。

 …………エクスキュゼ・モワ。
 いいえ、生まれも育ちも日本ですわ。
 リオンは、初めてお会いするかたには、いつもこうなのです。
 本当は、とても明るい、素直な良い子なのですけれど。この一週間で、環境が大きく変わってしまったものですから、子供なりに緊張しているのでしょう。会って、すぐに打ち解けたのは……繭さんくらいのものでしょうか。ええ、そうです、すみれ自慢の愛らしいパティシエールですわ。
 アーボン、ムッシウ、ル・ドクトゥール。
 それで……そうそう、すみれと百合子のお話でした。
 わたくしの前では口にしませんけれど、あの子たち、わたくしのことを、影でこっそり「四代目」などと呼んでいるようです。そうですわね、わたくしの器の順番を指しているのでしょう。
 師である前に、義理とは言え、わたくしはあの子たちの母親です。ほんの乳飲み子の頃から、ひとりの女性として巣立って行くまで、養母として、手塩にかけて育てて参りました。贅沢は、させてやれませんでしたけれど、わたくしの持てるすべてを、あの子たちに惜しみなく注いで参りました。どうせなら、「ママン」と呼んで欲しいと思うのは……わたくしの身勝手なのでしょうね。
 まあ、ホホホ、相変わらずお上手ですこと。
 アーノン、不満など、何ひとつありません。
 わたくしも、若い頃は本当に、いろいろなことがあって……仕事ばかりでなく、名まで変えてきた身です。思い返してみれば、あの子たちは、わたくしを「ママン」と呼ぶ機会すらなかったのですわ。表向きは、教え子でしたから。
 ムッシウ、昔の名は、どうぞ、お聞きにならないで。
 ムッシウが御存知の、「エレーヌ」という名のわたくしが、ほかの誰でもない、今のわたくしなのですから。
 名の由来?
 そうですわね、特には…………。
 ある日のことです。わたくしは、すべてが新しく生まれ変わったような、とても清々しい気持ちで、大きな姿見の前に立ちました。そのときです。まるで天啓のように、「エレーヌ」という名がひらめきました。つまり、思いつき、なのです。
 ノン、ムッシウ。
 改名をしたときは、そのようなことは、特に考えませんでした。けれど、日本の殿方には、「フランス女性らしい名前」に聞こえるのでしょうか。亡き良人など、「エレーヌ・ブランヴィリエ・高橋なら、字面も語呂も良いと思わないかね」と……まあ、ムッシウ。女を、からかうものではありませんわ。
 ホホ、そうですね、ここはわたくしが観念致しましょうか。
 ムッシウも良く御存知の通り、亡き良人は、あんないかめしい顔をして、とても「照れ屋さん」でしたでしょう? 日本人らしい、奥ゆかしく遠回しな言いかたでしたけれど、これが亡き良人からの、求婚の言葉でしたわ。

 

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妖菓子ソワレ<全2話> 第1話第2話

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