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SF・ファンタジー・ホラー

妖菓子ソワレ <ミエル>

   

「わたし、さっき、不思議な夢を見たんです」
「どんな、ゆめでしたか?」
「すみれおばさまと、百合子さまの夢です」

妖菓子ソワレ ~シュクル~

Illustration:Dite

 

◆ミエル◆
《ヌガー》
 ラテン語でクルミを意味する「ヌクス」の方言「ヌカートゥス」が語源。砂糖と蜂蜜を煮詰めたものに、泡立てた卵白やナッツを加えた飴菓子。

「エレーヌおばさま」
「はい、なんでしょう」
 夜は、更けておりました。
 リオンの、安らかな寝息が聞こえるだけです。
 わたくしは、繭さんの艶やかな黒髪を撫でていました。絹糸のように柔らかな、長く美しい黒髪でした。
「おじさまに雇って頂いて、住み込みで働かせて頂くようになってから……わたし、たまに、ふとした瞬間に、とても怖くなることがあるんです」
「まあ。すみれに、そうだんしましたか?」
 たずねると、繭さんは、哀しそうに首を振りました。
 そのわけをきくと、すみれやムッシウ・カドノに、余計な心配をかけたくないと言うのです。本当に、なんて優しい子なのでしょう。わたくしは、繭さんが、ますます好きになってしまいました。
「何かが頭に思い浮かぶのに、それが何かを考え始めると、途端にわからなくなってしまうんです。夢に見ることもあって、泣きながら目覚めるときもあります。でも、どんな夢で、なぜ悲しいのか、少しも思い出せないんです。考え始めると、みんな、お砂糖みたいに溶けてしまって」
「あっというまに、きえてしまうのですね?」
「はい。お仕事をしているときはいいんです、そばに、おじさまやおばさまがいて下さいますから。ひとりになると、急に、そういう心細い気分になってしまうんです。鏡に映る自分が、全然知らない他人に見えることまであるんです。だから、わたし…………」
 繭さんが、不安そうに視線を落とします。
 わたくしは、なんとしても、繭さんの不安を取り除いてあげなくてはと思いました。
「…………わたし、何かの、病気なのではないかと」
「病気?」
「思い出せないというのは、その、若年性の……………………」
 わたくしは、思わず笑ってしまいました。
 繭さんは、おそらく、若年性のアルツハイマーあたりを心配していたのでしょう。わたくしは、繭さんに、お料理と芸術についてのお話をしてあげました。かのアナトール・フランスも、申しておりましたでしょう? お料理は、第6の芸術であると。お菓子を作るなら、なおのこと、繭さんには芸術家の繊細さがあるのです。
「しんぱいすることは、なにもありませんよ。まゆさんは、とてもまじめですから、いつもきもちをはりつめているのでしょう」
「そう、でしょうか」
「すみれや、ムッシウ・カドノは、まゆさんに、きたいしています。まゆさんは、そのきもちに、こたえようとしていますね。だから、なにごとも、かんぺきにしたいとおもうのでしょう。わすれているしごとがないかと、いつも、しんぱいになるのでしょう」
「それなら、いいんですけど…………」
「じぶんひとりで、なやんだり、しんぱいしては、いけませんよ。まゆさんが、こんなふうに、ひとりでなやんでいるのをしったら、すみれも、ムッシウ・カドノも、とてもしんぱいします」
「はい、エレーヌおばさま」
 素直な返事というものは、とても、気持ちの良いものですね。
 話すことで気持ちが落ち着いたのでしょう、すっかり泣き止んだ繭さんの顔にも、野に咲く花のような、可憐な微笑みが戻っていました。
「いまのことを、あとで、すみれにもはなしてごらんなさい。すみれも、きっと、わたくしとおなじことをいうはずです。そうして、こころのおちつく、とっておきの、ハーブティーをいれてくれるでしょう。それをのめば、なやみもなくなって、よるには、たのしいゆめがみられますよ」

 

-SF・ファンタジー・ホラー

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