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歴史・時代

東京探偵小町 第二十五話「厳しい罰」 <1>

   

「そんなに大きい、恐ろしい野犬だったんですか?」
「大きさじゃねェ、力がバケモンじみてやがった。ありゃア底なしだ。打ち込んでも打ち込んでも、いっかな倒れやしねェ」

小説版『東京探偵小町
第八部 ―彷徨編―

Illustration:Dite

 

 見慣れぬ天井に眉をひそめたのもつかの間、和豪はチッと舌打ちをして体を起こした。だが、完全に起き上がるより早く全身に痛みが走り、その口からうめき声がもれた。
「畜生…………」
 見れば、腕と言わず足と言わず、指先までが白い包帯に包まれている。そのところどころに血がにじんで乾き、赤黒いしみが広がっていた。
「…………せっ!」
 不意打ちであれば驚くものの、前もっての心構えがあれば、耐えきれないほどの痛みではない。和豪は小さく気合いを入れて起き上がると、まだ小鳥の囀りもない夜明け前の薄闇のなか、隣の寝台に目をやった。
 壁からカーテンから、すべてが白一色の室内には、三台の簡素な寝台が並んでいた。和豪の寝台は窓側にあり、中央に蒼馬、そしてどうやら廊下側には、時枝が眠っているようだった。和豪は昏々と眠り続ける二人を起こさないよう、物音ひとつ立てずに寝台から降りると、悔しそうに拳を固めた。
「おい、チビ師匠。これッくらいで、くたばるんじゃねェぞ」
 最大限の注意を払って蒼馬の寝顔を見守り、かすかながらも寝息が聞こえるのに安堵して、その頭をくしゃりと撫でる。無論それで蒼馬が目を覚ますはずもなく、額にびっしりと寝汗を浮かべたまま、身じろぎもせずに眠り続けていた。
 和豪はいかにも医院のものらしい、飾り気のない病衣の袖で蒼馬の寝汗を拭ってやると、意を決して廊下側の寝台前に移った。果たしてそこに身を横たえていたのは、彼が命を賭して守ると天に誓った、最愛の少女だった。
「大将…………」
 結い紐を失ってざんばらになった髪をやや乱暴にかきあげると、和豪は時枝の寝台の横にひざまずいた。眠っていても傷が痛むのだろう、安らかな寝顔とは言い難い。全身が熱を持って暑いのか、時枝もまた寝汗を浮かべ、きつく包帯の巻かれた痛々しい腕を、掛け布団の外に出していた。
 どれほど深い傷を負ったのか、時枝の包帯にも、点々と血がにじんでいる。時枝が怪我をしているのは、蒼馬を抱きかかえて階段を降りてくる姿を見た瞬間に気づいたのだが、なかば放り出すようにして野犬退治に向かったのだ。本当に放り出したわけではない、傷ついた時枝たちを同道していた柏田に委ねたのだが、「守ってやれなかった」という事実が和豪の心に重くのしかかっていた。
「こンな包帯だらけになっちまって……痛ェだろ。俺がもうちっと早く行ってりゃ……門の前でグズグズしてねェで、さっさとなかに入ってりゃア良かったンだ。そうすりゃ大将もチビ師匠も、こンなことにならずに済んだってのにな。済まねェ」
 時枝の用心棒を自負している和豪である、さまざまな事情はあれ、肝心なときについていてやれなったのは、怠慢以外の何物でもない。しかも、結果的には、野犬もアヴェルスも取り逃がしているのだ。それにも関わらず、こうして命があるのは。
「クソッ。犬ッコロ一匹も倒せねェようじゃ、とどめを刺す価値もねェってことかよ…………!」
 恐らくと言うより、まさしくそうなのだろう。
 時枝たちを襲った野犬を、アヴェルスは「魔犬」と呼んでいたが、そんなおとぎ話のようなものが実在するわけがない。確かに大きい、狼を思わせるほどの凶暴な犬ではあったが、熊のような巨体だったわけでもないのだ。となれば、やはり自分の技量が劣っていたと考えるしかなかった。

 

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