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歴史・時代

父を亡くして —妻と夫の関ヶ原 第一部—

   

 父を早くに失った、出羽角館城主戸沢政盛。
 彼は岳父、鳥居元忠を密かに父とも思って尊敬していた。
 義父が命をかけて城を守る。その時、遠く離れた政盛には、いったい何ができるのか――。

 

 慶長五年(一六〇〇)春。
 希代の英雄豊臣秀吉が亡くなり、早二年の月日が流れていた。
 それまで微妙な均衡で保たれていた平和が、ついに崩れる時が来た。
 伏見の徳川家康の元に一報が届いたのは、ちょうど桜もようようちりはじめる頃であった。
 その日、家康は前日の花見がよほど興に乗ったらしく、しきりにその話ばかりしていた。
「さすがは亡き太閤殿が愛でた桜じゃ、華やかさが違う。なるほど、豪勢に人を集めて、茶でも飲みたくなる気持ちも分かるのう」
「拙者は茶など、とんと分かりませんな」
 こちらは家康が駿河で今川家の人質になっていた頃からの子飼いの家臣、鳥居元忠。
 元忠は還暦を超えてもなお意気盛んで、歴戦の勇者らしく、衰えを知らぬ身体をしていた。顔も精悍な顔立ちである。
 家康の京都の拠点は、この伏見城。大坂城の豊臣秀頼を補佐するためという口実で作らせたこの城を、今は信頼する家臣である元忠に預けていた。
「わしも、実は酒の方がよくてな。和歌など、どう読めばいいのか。とてもとても」
「はっはっは、殿の質実さは有名ですものな。和歌を詠むときの、あの堂々とした代作の頼みぶりは」
「元忠、風流がわからないので有名、といいたいのであろう?」
「いやいや、これはこれは……」
 二人の会話は半世紀前から変わらない。他の家臣であれば際どい会話も、元忠はできた。
 と、そこに面会を頼む者が現れた。戸沢政盛という出羽角館の領主である。
「内府(家康)殿、ぜひ早急にお伝えしたいことがございまする」
「申せ」
 緊迫した面もちに、今までくつろいでいた二人もやや居住まいを正した。
 実はこの戸沢政盛という男、元忠の娘婿に当たる。その関係で、元忠は日頃から彼に目をかけていた。
 戸沢政盛は当年十六歳。父、伯父と当主が相次いで早世したため、わずか六歳で家督を嗣いだ。実のところ、父が鷹狩りの時に農家の娘に生ませた子という。ずっと認知されず、ともすれば一般人で終わるかも知れなかったといういわくつきである。
 父が急死した際に慌てて家臣達が探し出してきた、いわば急ごしらえの殿様だ。
「会津の上杉のことでござりまする」
「上杉か、ほほう。上杉が何かしおったか」
「はっ。拙者が上洛いたします折り、会津を通行いたしましたところ、何やら上杉領内に物々しい雰囲気がございました。聞くところによると、領内の至る所で兵をつのっているとか」
「戦の準備か……」
「刀、鉄砲を城内に盛んに買い集めているという噂も耳にいたしました」
 確かに会津と角館は近くはない。
 しかし上杉が北方へ兵を動かせば、戸沢の軍勢はひとたまりもない。
 常にこの少年の心を脅かしてきた「滅亡」の恐怖が、この少年の心を苦しめていた。

 

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