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ミステリー・サスペンス・ハードボイルド

愛の聖域 前編

   

「岩代さん」

 呼ばれて絹代はやつれかけた顔に笑みを作り振り返る。
 呼んだのはこの店のフロアリーダーだった。

「面接の時に話したフロアの件、明日からお願いできるかしら?」

 作り笑顔が一瞬にして本物の笑みへと変わる。
「は、はい……是非!!」

「そう。そう言って頂けると助かるわ。それで悪いのだけど、キッチンのスケジュールとは違ってくるから、これ、フロア用の予定表。出勤できる日と時間、明日までにお願いできるかしら?」

 ヒラリと渡された紙を受け取り頷く。

「明日は……」

「そうね、キッチンでは何時だったの?」

「昼、からです」

「そう? だったらその時間でいいわ。制服、履歴書のサイズで大丈夫?」

 頷くと、もう一度明日からよろしくと声をかけられ、フロアリーダーはキッチンから去っていった。
 この店――ちょっと今風の洒落たカフェチェーンの中の1店舗。
 支店長は30代半ば、そして今のリーダーは20代半ばの女性。
 絹代が憧れた職場の第一段階にようやく立ったのだった。
 面接は受かったものの、研修期間として表に出られなかったが、それでも洒落た街の中の1店舗にバイトという形でも入れたという事実は、この1年の苦労を塗り替えてくれるものだった。

 覚え慣れだしていたキッチンからフロアへの移動。やっと希望したところへの配置ではあったが、覚えることは山積みだった。
 珈琲等飲み物は客の注文に応じて、その場で入れるしトッピング追加があれば、それにも対応する。
 接客からオーダー、会計まで一手に請負、その合間をぬって片付けもする。
 使用後の食器類をキッチンへと持っていき、新しいカップを持ってくる。フロアのマメな手入れもこちら側がする仕事だった。
 オフィス街の中にあるこの店舗は、開店の7時台からサラリーマン・OLで賑わい、昼からティータイムまでも人が切れる事がない。
 やっと落ち着くのは、会社人の帰宅ラッシュ時間を過ぎた辺りだ。
 キッチンでは人目もない分、合間合間に休憩を取ることが出来たが、フロアではそういう融通が利かない。
 頼まれたり強制された訳ではないが、自分より先輩がせわしなく回転していくフロアの様子を見兼ねて腰を上げる。新米である絹代だけが、のんびりと時間ギリギリまで休憩していられる筈もなかった。
 新米でも出来る雑用はたんまりとある。
 覚えながらこなしていく仕事の時間はとても短く感じ、3ヶ月という期間は、目の前を吹き抜ける風のように早く過ぎていた。
 認められてはじめてお客に出す珈琲を入れる事を許され、お客の少ない時間帯を1人で任せてもらえるようになる。
 ようやく1人前かなと絹代にも自覚と自信が芽生え出した頃、そんな彼女を祝うかのような、そんな出逢いが待ち構えていた。

 

-ミステリー・サスペンス・ハードボイルド

愛の聖域<全2話> 第1話第2話

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