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ミステリー・サスペンス・ハードボイルド

愛の聖域 後編

   

黙秘を主張した絹代の口からやっと語られたのは、自分の身の上話だった

刑事が求めていたのは、絹代の過去ではない

そんな中、徐々に明かされていく真実
そして結末

絹代が最後に残した言葉は…

 

【三章】

「おい、あんたの昔話なんて、どうでもいいんだよ」

 今まで黙っていた真向かいの刑事が、少し苛立ちを前面に出して机を叩いた。

「せっかちね、刑事さん。きっと私の生い立ち、調べたのでしょう。合っていて?」

 絹代は刑事の苛立ちなど気にもせずに、自分の都合を押し通した。

「えっと、合っていますよ。地元の者、会社の者に聞いた証言通りです」

 若い刑事の成田が、地道に集めた書類をパラパラと捲り、早々と確認する。

「――で、合ってんだ。そろそろこっちの知りたいことを吐いてくれるんだろう?」

 向かいの刑事が半ば睨みを利かせて言うが、絹代には一切通用しないみたいだった。

「そう、合っているの。それは良かったわ。でしたら、これから話すことも信じて頂けますわね?」

 笑みを浮かべ、下手をすれば相手を挑発しているようにも受け取れる笑みだ。
 そんな笑みに対し、刑事は鼻で軽く笑って蹴散らす。

「俺たちはプロだ。前説なんて関係ねぇ。とっとと吐いて、次へ進もうじゃないか」

 目に見えない火花が飛び交っているような、とても緊迫した空間の中、絹代の方が先に小さな溜息を吐き、話を続けたのだった。
 そろそろ事件の真髄か。
 絹代が福間の姓を名乗るところから開始する。

「本当にいいのかい?」

 婚姻届を役所に出す間際に、清志は再度絹代に尋ねていた。

「いいのよ。私は岩代の姓を捨てるの。新たに生まれ変わるのよ」

「でも、君を生んで育ててくれたご両親だ」

「それでも、私の行く手を邪魔した。縁を切って来たのよ、今更でしょう」

 何度話しあっても、絹代の考えが変わることがなかった。もともと意思の強い絹代である。簡単に右から左へと考えを変えたりはしない。
 清志の意思もこれまた固かった。どちらかが妥協しなくては、平行線を辿るだけなのだが――

「わかったよ、絹代の好きにすればいい。だけど、僕も諦めないよ。いつか必ず君を説得して、絹代のご両親に挨拶に行く」

 爽やかに決意表明をする清志を誇らしげに見つめ、絹代は小さく頷いた。
 着々と成長していく会社の社長の妻の座。願っていた地位より遙に高い位置のものを手に入れられた喜びと、清志自身の性格と外見の申し分の無さ、田舎から出てきたときの苦労など、今の幸せを思えば些細なことでしかなかった。
 ただ、知られてはならない。カフェで働く前の自分の姿を。

「どうした、絹代?」

 急に黙ってしまった妻を気遣う。

「いいえ、なんでもないわ。ただ、夢みたいで」

「夢じゃない。僕らは今、夫婦になるんだ」

 婚姻届が受理され、絹代は名実と共に清志の正妻となった。
 恋人としての時期は殆どなかったものの、一歩一歩駆け昇っていっている絹代を遠くから見ているのが好きだった清志には、苦でもないし、着実に会社が大きくなっていくのを見ている絹代も、苦ではなかった。
 ただ歯車はこの時から狂っていたのかもしれない。
 愛するが故に、互いの愛の在り方が交差して絡み合わず突き抜けていく。

 

-ミステリー・サスペンス・ハードボイルド

愛の聖域<全2話> 第1話第2話

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