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歴史・時代

東京探偵小町 第二十六話「夢幻水鏡」 <2>

   

「蒼馬くんの様子は、どうかしらん」
「…………兄上は、まだ、加療看護が必要だと言っている」
「そう。リヒトくん、蒼馬くんのお見舞いに行った?」

小説版『東京探偵小町
第八部 ―彷徨編―

Illustration:Dite

 

 大迫が、帝大附属医院でその短い生涯を閉じたのは、大迫が聖園女学院の聖堂で倒れた二日後だった。みずからの意思で食を断ち水を断ち、花の命を縮めてこの世を去った大迫の遺体には、かつての少女らしさはどこにもなく、骸骨じみた哀れな姿をさらけ出していた。
 大迫が帝大附属医院に運ばれたのは、そこが聖園女学院から最も近い医療機関だったからにほかならない。大迫を担当したのは尾崎でも逸見でもなかったが、聖園女学院から来たという新しい患者の、異常なほどに衰弱しきった様子は、すぐに尾崎や逸見の耳に入った。やがて大迫の病室で鉢合わせになった尾崎の前で、逸見は黙って眉根を寄せたという。それほどに、大迫の衰弱は酷いものだったのである。
「気にするなと言うほうが無理かもしれないけど、彼女の件は誰のせいでもないよ。御両親の話によると、あるときを境に、何も口にしなくなってしまったらしいんだ。彼女と小町さんとのあいだに、厄介な確執があったらしいけど、彼女が亡くなったのは小町さんのせいじゃないよ。急なことで驚いただろうけど、いいね、気に病む必要はないんだからね」
 逸見の名代としてやってきた尾崎から、そんな話を聞かされた時枝は、今夜は当直だからと附属医院へ舞い戻って行く尾崎を、自宅の門前で見送るのが精一杯だった。時枝は女学院から大迫の葬儀に参列することを禁じられ、時枝の代わりに弔問に出掛けた倫太郎も、焼香をさせてもらうのがやっとだったのである。今の時枝にできるのは、動揺を押し隠してひとり部屋にこもり、大迫の冥福をひたすらに祈るくらいしかないのだった。
「お嬢さん」
 大迫にねだられたものの、渡せるはずもなかった形見の十字架を胸に、どれほどの祈りの時間を過ごしただろう。暮れ時が近くなった頃、ためらいがちなノックの音が時枝の部屋に響き、二階の廊下に立つ倫太郎が時枝を呼んだ。
「倫ちゃん? どうぞ」
「お嬢さん、リヒトくんが来ていますよ」
「リヒトくんが?」
 意外な訪問者に驚くものの、次の瞬間にはわずかながらも明るい心持ちになって、時枝は形見の十字架を首に掛け直した。そうして姿見の前で手早く洋服と髪を直すと、肩から離れようとしない青藍をそのままに、階下へと急いだ。
「よう、大将。客だぜ」
「リヒトくん! いらっしゃい」
 玄関先でリヒトの話し相手をしていた和豪が、少しく明るい顔になった時枝を見て、どこかほっとしたような表情になる。野犬事件に泉水の死、蒼馬の入院、時枝の負傷と女学院が課した重い罰。時枝に対する中傷はいまだやまず、親友たるみどりもなお、苦境のただなかにある。そんななかでの、大迫の急死である。しかも、宿敵たる怪盗は常にここ九段坂探偵所を見ていると言い、蒼馬の作品を奪い取るとの予告までしているのだ。
 このひと月のあいだに、あまりにいろいろなことが、しかもひとの生死にまで関わることが続けざまに起こり、さしもの和豪も精神をすり減らしていた。大迫の急死を悼む気持ちはあれど、和豪とて、泉水の死にざまを聞いて、朱門を失ったときの痛手を胸に蘇らせているのだ。
 だが、この逆境を耐え切ろうと歯を食いしばっている時枝を支えることこそが、彼ら二青年の努めである。時枝の気鬱をどうにか軽くしてやりたいと願う二青年にとって、リヒトの訪問は歓迎すべきものであった。柏田もサタジットも、このところ仕事が立て込んでいるのか、なかなか九段坂にやって来ない。そんななか、見知った相手が顔を見せてくれるのは、やはり嬉しくありがたいものだった。

 

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