幻創文芸文庫 (β)

小説好きの創作小説を無料配信*スマホ対応

歴史・時代

東京探偵小町 第二十六話「夢幻水鏡」 <3>

   

「ワリーくんならどうします?」
「マハラーニと、あそびにいきます」
「そうは言っても、時枝さん、謹慎中じゃないですか」
「ダイジョウブです。ナイショでいくのです」

小説版『東京探偵小町
第八部 ―彷徨編―

Illustration:Dite

 

 その晩、柏田とサタジットは、銀座のとあるカフェーにいた。
 互いに、久々に九段坂探偵事務所に顔を出そうと道を急いでいたところで、ちょうど行き合ったのである。二人は、ただやみくもに訪問するのではなく、時枝を元気づけるための妙案を手土産にできないものかと、珍しく酒を入れて話し込んでいた。
「それで、ワリーくんならどうします?」
「マハラーニと、あそびにいきます」
「そうは言っても、時枝さん、謹慎中じゃないですか」
「ダイジョウブです。ナイショでいくのです」
「うーん……名案とは言い難いですねぇ」
 それぞれの仕事に忙殺されながらも、柏田とサタジットは愛する少女の心痛を思って、日々頭を悩ませていた。女探偵を目指す少女とは言え、こうも立て続けに死人の出る事件に巻き込まれては、さすがに気が滅入るだろう。傍で聞いているだけでも心が重くなるのだ、渦中の時枝を思うと、二人はため息をつかないわけにはいかなかった。
「そうだ。みんなで、滝本道場を見学するのはどうでしょう」
「ワゴーくんのドウジョウですか? カヤバチョウの」
「自分も門下生になったんですが、熱気のある良い道場ですよ。和豪くんも、なかなかの指南役ぶりで」
「ワゴーくんのドウジョウも、よいとおもいます。でも、タジさん、もっとたのしいところにつれていってあげたいですヨ」
「しかし、時枝さんは謹慎中ですからねぇ」
「キンシンチュウでも、たのしいことはヒツヨウです」
「いや、だからそれが難しいところで」
 最近の激務の疲れと、辛い立場に置かれている時枝を思うがゆえの苦悩で、今夜は酒のまわりが早いらしい。客筋の良い、どちらかと言えばミルクホールに近い雰囲気のせいか、柏田たちのテーブルには対酌の女給がいなかった。追加注文を出すたびに手の空いた女給たちがやってきて、二人のコップに麦酒を注いで行くのだった。
「お客さま、どうぞ」
 そんななか、ほろ酔いを通り越して酩酊の域に入った二人のテーブルに、女給が洋酒のグラスを置いた。注文した覚えがないと、柏田が慌てて女給を見ると、女給が「あちらのお客さまから」と店の奥を示し、「あら」と口元を押さえた。
「ついさっきまで、あちらのお席にいらしたんですけど」
「ダレでしょうネ?」
「すみません、どんなかたでした?」
「そりゃあもう、好いたらしいおかたでしたよ。帽子を目深に被っていらしたんで、お顔は良く見えませんでしたけどね」
 それでどうやって、色男かどうかを判別するのだろう。
 柏田が思わず苦笑を浮かべると、だいぶ着古した子持縞の着物に大きな前掛けをつけた女給が、顔の半分を銀色の丸盆で隠して頬を染めた。さっきまで店の片隅にいた客の姿を思い出しているのか、「明日もいらして下さるかしら」などとひとりごとを言っている。柏田の次は、サタジットが笑い出す番だった。
「笑わないで下さいまし。話し上手で飲みっぷりが良くて、あの手のお客さんは、大抵、いい男と決まっているんですから」
「はは、そうですか」
「でも、どうしてタジさんたちにおごってくれたんでしょうネ?」
「うーん、心当たり……ないなぁ。ワリーくんはどうです?」
「タジさんも、ないですヨ」
 柏田とサタジットは顔を見合わせ、知り合いに、そんな太っ腹な美男子がいただろうかと首をひねった。銀座界隈の飲み代は下町の縄暖簾と同様というわけにはいかず、麦酒のひと瓶くらいならまだしも、洋酒となるとグラス一杯でも高くつく。
 高い酒を奢ってくれるほどの親しい仲で、なおかつ美男子という人物がついに思い浮かばず、二人はどうしたものかと飴色の酒が揺れるグラスを見つめた。

 

-歴史・時代

東京探偵小町 第二十六話「夢幻水鏡」<全4話> 第1話第2話第3話第4話

コメントを残す

おすすめ作品