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歴史・時代

東京探偵小町 第二十六話「夢幻水鏡」 <4>

   

「あなたが今、最も会いたいと願っているひとの姿を、そっと思い浮かべてごらんなさい」
「あたしが、いま、誰よりも会いたいのは……………………」

小説版『東京探偵小町
第八部 ―彷徨編―

Illustration:Dite

 

 そうしてやってきた、日曜日の朝。
 実に六週間ぶりとなる外出は、晴天には恵まれなかったものの、時枝の心を浮き立たせるのには十分すぎるほどだった。あいにくとみどりは親戚の法事があって一緒には出かけられず、それが時枝は残念でならなかったが、もう半月もすれば夏季休暇が始まるのだ。期末試験を終えて、身軽になったところで、改めて遊びに出る機会を設ければ良いのである。
「うん、そうね、すごく素敵な考えだと思うわ! じゃあ、帰りに蒼馬くんの御見舞に寄って、その話をしてみるわね」
 みどりとの話を終えた時枝が、弾んだ声で「またね」を告げ、受話器を置く。時枝自身も暦が七月に変わるのを心待ちにしていたのだろう、今朝は起き抜けから機嫌が良く、食欲も戻って、二青年を安心させたのだった。
「松浦さんと、夏休みの楽しい相談ですか?」
「そうなの。あのね、去年、蒼馬くんと相談したんだけどね」
 柏田たちが迎えに来るまで、いま少し。時枝は倫太郎から湯呑を受け取ると、蒼馬と交わした約束を打ち明けた。
 去年の夏、「猫探し」をきっかけに知り合った蒼馬と仲良くなるのに、時間はかからなかった。蒼馬のつんけんした態度が急変したわけではなかったが、少なくとも、時枝やみどりの訪問を嫌がることはなくなったのである。
 そんな蒼馬の下宿先を訪ね、来夏は信州へ行こうという楽しい約束をしたのは、昨夏の終わり頃のことである。みどりが別荘地での避暑に誘ってくれたのをきっかけに、蒼馬にも声をかけたのだ。貴金属店の経営で功成り名を遂げ、男爵位まで授かったみどりの父親は、信州の高原に別荘を構えていた。去年は時枝の「猫探し」を手伝っていたせいで行きそびれてしまったものの、みどりは毎年の夏休みの大半を、涼しい信州で過ごしていたのである。
「もし、蒼馬くんが七月中に退院できて、お医者さまからお許しを頂くことができたら、八月は是非みんなで一緒にって、みどりさんのお母さまが言って下さったの」
「避暑ねェ。ま、チビ師匠にはいいンじゃねェのか?」
 倫太郎の机に寄り掛かり、珍しく探偵業の書類に目を通していた和豪が、時枝たちの計画に賛同の意を示す。二学期、三学期とまだ半年以上は学業が続くのだ。夏季休暇は思い切り羽を伸ばして、明るく元気な時枝に戻って欲しいと願っているのだった。
「本当? あたし、本当に行ってきてもいい? みどりさんのお母さまがね、お盆前の二週間くらいにしましょうって」
「ええ、いいですよ。汽車賃を用意しないといけませんね」
「あたし、無駄遣いをしないで、お小遣いを貯めてあるの。それで足りるかしらん……もちろんよ、セイランも一緒よ。楽しみね」
 肩に載せた青い小鳥に笑顔で話し掛ける、本調子に戻ってきた時枝を微笑ましく見つめながら、倫太郎は時計に目をやった。それと同時に玄関の呼び鈴が鳴り、サタジットが明け放たれた事務室の窓辺に立って、大声で時枝を呼んだ。
「マハラーニ! おむかえにきましたヨー!」
「タジさん! それに柏田さんも」
「おはようございます、時枝さん」
 時枝の肩にとまってさえずっていた青藍が、サタジットの肩へ飛び移り、次いで柏田の肩へと移る。まるで同行を希望しているような仕草だったが、青藍は倫太郎と共に、蒼馬の見舞いに行くことになっていた。病室に動物を持ち込むなど、本来ならば看護婦から大目玉を喰らうところなのだが、尾崎が特別に許可を出してくれたのである。
 蒼馬が重患用の個室に入っていて他の患者の迷惑にならないこと、この小さな青い小鳥が、蒼馬の大のお気に入りであることも考慮してくれたのだろう。それ以前に、尾崎もまた、青藍の人懐こさが気に入っているのかもしれなかった。

 

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