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歴史・時代

東京探偵小町 第二十七話「孤独な魂」 <2>

   

「そう遠からぬうちに、彼女は再び、ここへやって来るだろう。父恋しの一念で、蜘蛛の糸が張られているとも知らずにね」

小説版『東京探偵小町
第八部 ―彷徨編―

Illustration:Dite

 

 扉の向こう側から時枝たちの気配が消えると同時に、板壁の一画に亀裂が生じ、時枝の目にはわからなかった隠し扉が現れた。そこから足音も立てずに出てきた御祇島は、肩に乗せた愛猫を床に降ろし、細身の杖を机に立て掛けると、苦笑交じりに緑釉の大皿を見つめた。
「少々、悪戯が過ぎるのでは?」
『悪戯ではないわ。かわいいおまえのために、おまえを痛めつける、あの忌まわしい十字架を取り上げてしまおうと思ったのよ。ねえ、シニス』
『そうよ、デクスの言う通り。公子さまの御寵愛を頂く、かわいいおまえのためですもの』
 互いの腰に片腕を回して寄り添う双子の美女が、針水晶のような瞳を光らせて微笑み合う。御祇島は首を振ると、夢のように美しい養母たちを見つめた。
「あの十字架は、並みのものよりよほど強いようです。無暗に触れては、おふたりの身にも響くはず。至らぬ放蕩息子のために、その白銀の鱗ばかりか、美しいお手にまで傷をつけては」
『構わないのよ、これくらい』
『光と闇の狭間を行く、かわいいおまえのためですもの』
「もったいない仰せ」
 敬愛する養母たちと水鏡を通して言葉を交わす御祇島のそばで、銀猫が一度だけ身を震わせ、輝くような銀髪を持つ美少年に変じる。御祇島は忠実なる使い魔を側近くへ招き寄せると、「母上たちに御挨拶を」と囁いた。
「デクステラさま、シニストラさま。御機嫌麗しく」
『久しぶりね、仔猫ちゃん』
『わたしのプラティナ、良く顔を見せて』
「はい、奥さまがた」
 水鏡に映る双子の美女は、ニュアージュの相変わらずの美貌を褒めると、並び立つ主従を水鏡のなかから見やった。
『この子のために、おまえも苦労すること』
『まだ母の恋しい仔猫のうちに、契約などさせられて』
「とんでもありません、奥さまがた。僕は御主人さまの手足となるべく、この世に生まれ出た身です。灰となり、塵となるその日まで、身命を賭してお仕え致します」
『あまり甘やかしては駄目よ。おまえは世話好きなようだから』
「口うるさいと、良くお叱りを頂いております」
「ニュアージュ」
 口が過ぎたことを視線で詫びたニュアージュが、一歩下がる。
 御祇島は再び水鏡を覗き込むと、そこには映らない、養母たちの痛々しい傷を思って眉をひそめた。
「気持ちばかりですが、右の母上、左の母上、お受け取り下さい」
『気遣いは無用だと言ったのに』
「いいえ。おふたりが公子さまに捧げて下さった、あの七千の鱗に比べれば、物の数にも入りません。それに、おふたりのお力添えがあればこそ、短い日数で千の涙を集めることができたのですから」
『そう。それなら、遠慮なく頂こうかしら』
『切なく甘い女の涙は、極上の甘露。おまえはいらないの?』
「おふたりのために集めたのです。お納め下さい」
 御祇島が軽く一礼すると、水面の美女たちは視線を絡ませてうなずきあった。
『嬉しいこと、シニスと五百粒ずつ頂くわ』
『飲んでしまえば、どちらも同じことだけれど』
『味わう舌はふたつよ、シニス』
『そうね、デクス。あの少女探偵の涙は、どちらに当たるかしら』
 水鏡に映る美女たちはクスクスと笑い合うと、どこから取り出したのか、それぞれの手に持った夜光杯を掲げた。

 

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