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歴史・時代

東京探偵小町 第二十七話「孤独な魂」 <4>

   

「警部。この機会に、彼らにあの話をしてみては」
「…………あんたらは……お時ちゃんに……込み入った事情があるのは、知っとるかね」

小説版『東京探偵小町
第八部 ―彷徨編―

Illustration:Dite

 

 倫太郎がそう言った通り、今夜の夕餉は普段よりも豪勢だった。
 頭つきの姿焼きではないものの、魚は馴染みの魚屋に鯛を頼み、和豪が自家菜園で育てた莢隠元の胡麻あえと、三つ葉や玉子豆腐の細切りを浮かせた汁物がついている。そこに松浦男爵夫人が差し入れてくれた杏の蜜煮を添え、サタジットも同席しての夕食は楽しく済んだ。
 豪華な献立になったのは、サタジットが来たからではなく、謹慎明けとなる時枝に、それとなく景気付けをしてやりたいと思ったからだろう。謹慎明け初日の「気晴らし」を、浅草に誘ってくれた柏田たちに任せたのは確かだが、だからと言って何もしないつもりではなかったのである。探偵業の都合で道場を休んだついでに、和豪は和豪なりに、時枝の気持ちを引き立ててやろうと考えていたのだった。
「道源寺のおじさま、遅いのね」
 機嫌良く家路に着いたサタジットを見送り、せめて後片付けはと申し出た時枝は、青藍を早めに寝かしつけたあと、洗い物に精を出していた。布巾を絞って干し、前掛けを外してひと息ついた時枝は、道源寺の来訪が遅いのを気にしながら事務室に入った。
「倫ちゃん。道源寺のおじさま、まだかしらん」
「そうですね……八時過ぎにはとおっしゃっていたのですが」
 時枝につられるようにして、倫太郎も事務室の扉のちょうど正面、自分の机の真横にある振り子時計に目をやる。道源寺は「八時過ぎには」と約束していたのだが、見ると八時半をとうに回り、すでに九時近くになろうとしていた。
「大将に土産でも買おうってンで、鮨屋にでも寄ってンだろ」
「あたし、おじさまに会えるだけで十分に嬉しいわ。お土産なんて、何もいらないのに」
 そんなことを言いながら、時枝は眠そうに片目をこすった。
 久しぶりの外出で疲れたのか、箸を持っているときからどこか眠たそうにしていたのだが、ついに小さなあくびまでもらす。時枝は事務室の壁際に置かれた長椅子に腰掛けると、やがてぽすんと横になった。
「ねえ、倫ちゃん。あたし、ちょっと眠たいの。おじさまがいらっしゃるまで、少しだけ、横になっていてもいい?」
「いいですよ。でも、先に着替えてきたらいかがです?」
「だめよ。いくらなんでも、お寝間着なんて」
 倫太郎は、袴つきの外出着のままでは窮屈だろう、せめて普段着に替えたらどうかと言いたかったようだが、時間が時間だけに、時枝は寝間着だと思ったらしい。房つきの柔らかなクッションに頭を預けると、時枝は籐椅子に向かい合って陣取る二青年を、ぼんやりと見つめた。
 応接室の長椅子は布張りの椅子を三つ連ねたものだが、事務室の長椅子は仮眠もできる立派な寝椅子で、寝転がるのにちょうど良い。居心地の良さゆえか和豪の定位置でもあり、事務室にいるときの和豪は大抵ここに寝そべって、倫太郎の執筆をなんだかんだと邪魔している。それを思い出しながら、時枝は眠気を紛らわすかのように、綴れ織りのクッションの房を掴んだ。
「それはそうとなァ、大将」
「なあに? わごちゃん…………」
「もう鴉なンぞに構うんじゃねェぞ。甘い顔してっと、うちの畑がみィんな餌場になっちまわァ」
「だって……バルコニーの手すりに……とまっていたんだもの」
「あンのネズミ猫といい、大将が構うから寄ってくるンだろうが。瑠璃瓢箪が喰われちまったら、どうすンでェ」
「そうね。大きなカラスさんだったから……セイラン、きっと驚いちゃったのね…………急に、元気が……なく……………………」
「なるほど。それであんな早い時間に、青藍を鳥籠に入れたんですね。いつもは宵っ張りな青藍が……お嬢さん? お嬢さん?」

 

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