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妖豚場の真珠 バロック <品評>

   

「お願い、お姉さま。もう怒ってないって、おっしゃって」
「ふふ、ばかね。わたしもエレーヌも、怒ってなんかいないわ」
「ほんとう?」

妖豚場の真珠 バロック ~品評~

Illustration:Dite

 

 インゲルの服は上から下まで泥だらけ、髪にはヘビがぶらさがり、胸には気味の悪いヒキガエルがくっついています。そうして足には、踏みつけたパンが今もくっついていました。

【パンを踏んだ娘】

 季節の花を絶やしたことのない大理石のローテーブルに、本職のネイリストたちが使っているネイルケアグッズと、今季の新作ネイルカラーのボトルが何本も並んでいる。こっくりした色合いの多い秋冬のお洋服に合いそうな、シャンパンゴールドのネイルカラーを手に取って、お姉さまはあたしにソファーに座るように命じた。
「今日はさやに、新しいお洋服を買ってきたの。ボトルグリーンをベースにした、ブーケ柄のセットアップドレス。リボンハットと、お揃いのケープコートもあるのよ。きっと良く似合うわ」
「嬉しい。ありがとうございます、お姉さま」
 最高の笑顔でお礼を言って、広く豪華なリビングの、ふっかふかのソファーに埋もれる。
 高級マンションの最上階、日当たりの良い南向きの角部屋とその隣を大きなドアで繋げた広い2部屋が、あたしとお姉さまの「お城」だった。角部屋で窓の多い西半分は、お姉さまのテリトリー。応接室として使われているL字型のリビングダイニングを中心に、お姉さまの書斎や寝室がある。
 東側があたしとお姉さまの共同のプライベート空間で、あたしはここに連れられて来た当初から、東側の住人だった。西側で過ごすことは滅多になく、まして、お姉さまの指示や命令もないままに西側へ行ったことなんて、一度もなかった。
(ヘンなの。なんだか、ヘンな感じ)
 肌がざわつく、奇妙な感覚。
 素材の悪い、安物のニットを着たときみたいに、体のあちこちがチリチリする。この感覚に覚えがあるような気がして記憶をたどり、あたしはすぐに思い出した。ああ、そうだ。すみれおばさまのレストランで、あの勇敢なおちびちゃんに会ったときも、こんなヘンな気分を味わったような気がする。
 どこかから、誰かに見られているような。
 この部屋には、お姉さまのほかに誰もいないのに。
「さや? どうしたの?」
 声をかけられて、お姉さまの美しい顔に視線を戻す。
 あたしのお姉さまは、今日もその名と同じく、匂い高い白百合のように美しかった。
「何か、気になることでもあるのかしら」
「いいえ、お姉さま。あれが」
 あたしは「ヘンな感じ」の原因を見つけてほっとしながら、お姉さまに笑顔を向けた。
「あの鏡が、とってもキレイだったから」
「あら、気づいてくれたの? 嬉しいわ」
 お姉さまが、にっこり、目を細めて笑う。
 違和感の原因は、昨日まではそこになかった、変わったかたちの鏡のせいだった。つい昨日まで、ううん、今朝までお姉さまお気に入りの静物画が掛かっていた西側の壁に、今は金縁の鏡が掛かっている。おとぎ話の騎士が持っている盾みたいなかたちで、キラキラの薔薇細工が本当にキレイで。ただの壁掛け鏡なんて言ったら怒られそうなくらいの、立派な芸術品だった。
「ちょっと物のいい、アンティークのミラーなのよ。とある王家の、夏の離宮にあったんですって」
「すごぉい」
「花の絵もいいけれど、あの素敵な鏡にさやのかわいい顔を映したほうが、もっと絵になると思ったの」
「お姉さまったら」

 

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