幻創文芸文庫 (β)

小説好きの創作小説を無料配信*スマホ対応

恋愛 / ラブ・ストーリー

Birth again

   2012年1月12日  

 その夜のことだった。家に帰る途中だった私は、ふと気配に気付いて顔を上げた。思わず、あ、と声が漏れる。
 信号の向こうに、見知った姿が見える。そこに居たのは彼だった。
 初めてあの屋上以外の場所で会ったのに、すぐに分かった。男の子と楽しそうに歩く彼に見入ってしまう。
 あんな風に笑う彼を、初めて見た。親しい人なんだろう。私の知らない彼がそこには居た。……知りたい、と強く思う。彼の事が知りたい、私の事ももっと知って欲しい。
 そんな欲求が不意に浮かんで、私は気付いてしまった。
 私は、彼の事が好き、なんだ。
 気付けば簡単な事だった。会った時間の短さなんて関係ない。
 まるで物語のような恋を、自分がするなんて思ってもみなかったけれど。
 とくんと胸が高鳴って、嬉しくて切なくて。
 その時ふ、と彼がこちらを見た。軽く目を見開いて、嬉しそうに目を輝かせる。
 あぁ、同じ気持ちなんだ。彼も、私に会って嬉しいって思ってくれたんだ。
 傍らの男の子にからかうような視線を向けた彼の表情が、次の瞬間強張った。
 交差点の向こうから私が見たのは、スピードを緩めずに歩道に突っ込んでいく青い乗用車と。
 男の子を突き飛ばした彼が、その車に撥ねられるその瞬間だった。
 一瞬、全ての音が消え去る。
 耳鳴りがする。頭がぐらぐらして、何も考えられない。
 気付けば私は青になった信号を渡って、彼の傍に駆け寄っていた。
 彼が、弟らしい男の子に何か話しかけている。でもその瞳は私に向いていて。
 だめだ。嫌だ。消えないで。
 その綺麗な瞳が力を無くしていくのを、ただ見ているだけだなんて、耐えられない。
 気付けば私は無我夢中でアレに手を伸ばしていた。出来る確証なんてない。それでもやらずにはいられなかった。
 決まった筈の運命を、覆すために。

◆◆◆

 私は今日も、屋上への階段を上る。
 短く切った髪が首筋を撫でて、ほんの少しくすぐったい。
 あれからどれくらい経っただろう?季節が一巡りくらいはしたかもしれない。時間の流れはとてもあやふやで、でも私は確実に前に進んでいる。
 初めて自分から親に電話をして、数年ぶりに話をした。介護の勉強をしたいんだって話したら、二人はすごく戸惑ったみたいだけど応援してくれて。
 俯く事をやめて見渡した世界は、とても綺麗で楽しい事に満ちていた。
 ずっと私を悩ませていたアレは、もう見えない。
 確かな手ごたえで彼の砂時計をひっくり返したその瞬間、私の視界からそれは姿を消した。だからその後、彼がどうなったのかは知らない。
 屋上で数回会った事があるだけの私には、彼を見舞うことすら出来なかったから。
 それでも私は、確信している。彼はいつかきっと、この屋上に再び現れるのだと。
 それはほとんど願望に近い祈りだって、自分でも分かってるけど。
「……に、いいのかぁ?」
 軽快に階段を上っていた私は、不意に上から聞こえた声に足を止めた。
「いいって言ってるんだから、しばらく一人にしてあげようよ。体調悪くなったらすぐ連絡するって約束したんだし」
「アイツの意地っ張りは俺のがよーく知ってるぞ」
「そうだけど、まさか僕を騙してタダで済むと、シンが思ってるって本気で思う?」
 屋上へと続く唯一の階段から、降りてきたのは一組の男女だった。
 滅多に人が来ない場所なのに、と疑問に思う前に、頭に浮かんだのは一つの可能性。
 まさか、本当に彼が来たのだろうか。
 足が竦む。本当に居るのか。別の人だったらどうしよう?
 そんな事を考えていたら、すれ違いざまに女の人がちらりとこちらを見た。軽く目を見開いて、淡く微笑む。
 まるで、私を勇気付けるように。
 その強い瞳に促されるように私は一歩を踏み出した。ゆっくりと階段を上る。

 
 そうして、いつもの屋上への扉を開けた時。
 私は、天使と再会した。

 

fin.

 

-恋愛 / ラブ・ストーリー

レビュー

この作品はいかがでしたか?
あなたの感想を送って、作家を応援しよう!

レビューを書く

おすすめ作品