幻創文芸文庫 (β)

小説好きの創作小説を無料配信*スマホ対応

SF・ファンタジー・ホラー

妖画トロンプルイユ <素描>

   

これ、何を泣きなさる。
泣かんでよろしい、小生は嬢ちゃんの味方ですぞ。
嬢ちゃんの微笑みの下に深い嘆きがあることくらい、何も聞かんでもわかるのです。

妖画トロンプルイユ ~素描~

Illustration:まめゆか

 

 優れた絵画は料理に似ている。
 味わうことはできても、
 説明することは難しい。

(ブラマンク)

 リオン。
 さあ、リオン、こちらへおいで。
 今日は、この本を持ってお帰り。
 昨夜、ひと晩がかりで屋根裏の書庫をひっくり返し、ようやっと見つけたんでな。これは昔々の、世にも不思議な物語。とある国のお姫さまが……おお、よう気づいた。
 そう、これはドイツ語。
 そう、フランスの隣にある。
 ちと難しいかもしれんが、これは若き日の小生の夢を詰め込んだ、自作の物語。筋運びは少々つたなくとも、胸躍る面白さだけは保証しよう。寝る前のお薬を頂いてベッドに入ったら、おばあさまから読んでもらいなさい。

 …………おお、これは、これは。
 だいぶんお待たせしたようで、なんともはや、申し訳ない。
 それと、今ほどは、大変結構なものを頂戴致しまして。あの店の栗菓子は小生の好物、渋茶に合わせて良し、酒のつまみにして良しの優れものですからな。晩の楽しみにひと粒ずつ、大切に頂くと……おお、これはいかん。リオンと繭くんにも持たせてやるべきところを、ついうっかり、ひとり占めしてしまいましたわい。
 左様です。
 マダム・エレーヌから、是非にと頼まれましてな。
 この夏からあの少年の、高橋理遠くんの家庭教師を引き受けとります。いや、学校には行っとりません。実はあの少年は、世界的にも非常に症例の少ない、いわゆる「奇病」に罹患しとるのです。
 病状がどうの、経過がどうのという面倒な話は省きますが、まあ、差し当たっての命の危険はありますまい。勉強も運動も外出も、程度さえ守れば、むしろ心身によろしい。主治医の見立ても、小生とそう変わらぬものと信じとります。
 しかしながら、そのあたりの学校に通わせるのを、エレーヌが承知せんのです。体調に良く気をつけてやれば、学校にやっても構わんのですが、あの少年自身も行きたがらんのを無理強いするのは、「当世風」とは言えませんからな。
 で、ありますからして。
 嬢ちゃんが学校にお行きなさらんのも、当世風ということになりましょうか。いやいや、嬢ちゃんの場合は、百合子くんの専属モデルという、立派な仕事がありましたな。早くから仕事を得て社会に出る、それもまた、素晴らしい人生でありましょう。
 なに、机で学ぶだけがすべてではありませんぞ。
 実地での学びも同様に、ひとの心を深くするもの。
 このあたりは、嬢ちゃんこそ、良くわかっておりましょう。
 ささ、そのイスに掛けて……なに、そう緊張せんでもよろしい。
 いつもの、すみれくんの店で会食をするときのように、気楽に、気楽に。小生の道楽に付き合ってもらうのですからな、じいさまの家に遊びに来たと思って、存分にくつろいで下され。ほれ、香りの良い紅茶に甘い菓子、つれづれを慰める音楽に季節の花と、小生の思いつく限りものを用意致しましたのでな。

 

-SF・ファンタジー・ホラー

妖画トロンプルイユ<全2話> 第1話第2話