幻創文芸文庫 (β)

小説好きの創作小説を無料配信*スマホ対応

SF・ファンタジー・ホラー

妖画トロンプルイユ <入魂>

   

「昆虫採集」は上手く行ったかね?
おお、よう捕まえた。上出来、上出来。
ごらん、リオン。夢のように、幻のように美しかろう。

妖画トロンプルイユ ~入魂~

Illustration:まめゆか

 

 芸術はパンにはならない。
 ただ、人生の葡萄酒である。

(読み人しらず)

 さあ、その揺り椅子に掛けて、姿勢を楽に。
 いろいろと見せられて、お疲れになりましたろう。
 狭いところではありましたが、小生の画廊はいかがでしたかな?
 なに、まるで童話の挿絵のよう。ほっほ、またなんともはや、嬉しいことを言って下さる。実を申しますと小生、医者になる前は、絵描きや物書きを目指しておったのです。子供の時分の夢を隠さずに申せば、絵描き、物書き、医者の順でしたな。まあ、医者になったおかげで、絵具代に不自由せんで済んだわけですが。
 ほう、百合子くんがそんなことを。
 小生は一介の日曜画家ですからな、売って金を得たいなどとは、微塵も思っとらんのです。マダム・エレーヌの画廊に幾つか出しておりますのは、付き合いの一環と申せましょう。イヤ、小生ではなく、エレーヌが古なじみの小生に気を使ってくれとるのです。
 そうそう、小生、個展に出す作品を決めかねておりましてな。
 エレーヌの画廊も、さほどの大掛かりではないとは申せ、個展と銘打つからには、少なくとも30点は必要でしょう。小品や素描、新作を合わせて、40点ほどもあれば格好がつきましょうか。幾つかはエレーヌのすすめで決まっとりますが、赤の部屋、青の部屋で、嬢ちゃんのお眼鏡にかなう絵がありましたかな? ほんの一枚でも、何か目に留まったものがあれば、教えて下さらんか。
 ほう。
 ほう、なるほど。
 雨の窓辺に立つ青年、夕焼けに舞う白い蝶。
 世間一般には、これとを「相性が良い」と申すのですかな?
 嬢ちゃんのお眼鏡にかなった3枚は、小生の気に入りの作品でもあります。モデルとなった患者たちのことも、昨日のことのように良く覚えとります。
 青の部屋から選んで下すった、青年の絵。
 窓辺に座ってぼんやりと、降り止まぬ雨を眺めている青年の絵。
 あの絵のモデルとなった青年は、幼い時分に母親を亡くしておりましてな。彼の母親は、みずから望んで水に入ったのです。それもまだ学校にも上がらんうちの、幼い彼をしっかと胸に抱いて。いわゆる「無理心中」ということになりましょうか。
 しかしながら、彼は父親の手で助けられました。
 父親は、溺れる息子を救うので精一杯だったのでありましょう。
 結局は幼い彼のみが、まだ息のあるうちに陸に引き揚げられました。父親は、息子だけでも命のあったことを、大変に喜んでおりました。情けない話ではありますが、実際、彼の父親は、愛息子さえ助かればそれで良かったのです。
 彼の母親は美しい女性ではあったようですが、結婚当初からヒステリー気味だったようですな。当世風に申しますならば「妻からのドメスティック・バイオレンス」が多分にあったということになりましょうか。無論、かわいいひとり息子への、過度の躾もたびたびあったようです。
 そうしたこともあって、彼の父親のほうは、もう辟易しておったのです。家と家との約束で、互いに不本意な結婚をすることになったのが、そもそもの原因ではあったわけですが。
 まあ、そうですな。
 口に出すことはなかったにせよ、彼の父親は妻のなきがらを前にして、ある種の安堵を覚えたことでありましょう。こうして父ひとり子ひとりとなったのち、父子は住まいを少し変え、父方の里の協力を得て、穏やかに仲睦まじくやっとるようでした。少なくとも、表面的にはそう見えていたと言います。
 ところがです。
 毎日のように竹の物差しでところ構わず打たれ、挙句、死の国へ道連れにされかけた彼なのですが、そこまでされても、やはり母親を恋い慕っていたのですな。幼い子供はいつしか黙りがちな少年となり、心を閉ざしたまま青年となり、世を儚んだ末に、とあるビルの屋上に立ちました。

 

-SF・ファンタジー・ホラー

妖画トロンプルイユ<全2話> 第1話第2話

コメントを残す

おすすめ作品

アストラジルド~亡国を継ぐ者~アグランド編 第34話「それでも――――」

   2017/11/20

探偵の眼・御影解宗の推理 【嘆きの双子】15

   2017/11/20

ロボット育児日記39

   2017/11/17

忠実な部下たち

   2017/11/17

モモヨ文具店 開店中<36> ~帰り行く者~

   2017/11/16