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SF・ファンタジー・ホラー

妖食フルコース レヴェイヨン <シュープリーズ>

   

「百合子さまの優しいお気持ち、わたしは嬉しいです」
「まあな」
「もしかしたら、お寂しいのかもしれません。さやかさんが行ってしまって」

妖食フルコース レヴェイヨン
 ~第1章:シュープリーズ~

Illustration:Dite

 

◆シュープリーズ◆
《ヴァン・ショー・ロゼ》
 ~薔薇風味のホットワインティーに塩サブレを添えて~

 葡萄酒を好むことは、
 たしかに、ひとつの知恵に違いない。 

(テオドール・ドゥ・バンヴィル)

「おい、繭」
「ハイ、おじさま」
 大小のオーブンに連結式のガスレンジ、小型のスモークハウス、両面式の少煙グリラー。いつも何かの機器に火が入っている厨房は、暖房をつけなくてもほんのり暖かい。起きてすぐに切り花や鉢植えの世話を済ませたわたしは、さっと仕事着に着替えて、フォンの仕込みをするためにおじさまと一緒に厨房に立っていた。
「ごくごく一般的に、かつ常識的に言ってだな」
「ハイ」
「いわゆる『女子』っていう単語に当てはまるのは、中高生までだよな? いや、女子大生っていうくらいだから、おまえさんくらいの歳なら、まだ女子でもいいか。でもまあ、どんなに大目に見ても、せいぜい20代前半までだよな?」
「えーと……………………」
 おじさまの意外な質問に、どう答えたものかと迷ってしまう。
 わたしはタマネギを刻む手を休めて、調理台の向かい側に立っているおじさまに目をやった。おじさまは後ろのオーブンに火を入れると、鍋類をしまっておくレンジ下の棚から、隅々までピカピカに磨き抜かれたソースパンと寸胴鍋を取り出した。
「最近は、実年齢にはあまり関係なく使われている言葉のようです。女性だけの飲み会を、『女子会』と言いますし。ミドル世代のファッション誌などでは、40代のかたを『大人女子』と言っているようです」
「オトナジョシ!」
「ハイ」
「ったく、世も末だな。とっくに三十路過ぎたのが『女子』なんて言ってて、恥ずかしくねェのかよ」
「恥ずかしくないと思います」
「恥ずかしいだろうが、普通」
 おじさまの文句の矛先は、たぶん、百合子さま。
 実は昨夜、百合子さまから急な予約が入って、終日クローズするはずだったお店を、なんと夜の10時過ぎから開けることになってしまったのだ。
 画廊の展示替えがあるエレーヌおばさまの御都合もあって、今夜は夕食会ではなく、品数をぐっと抑えた夜食会になるのだという。今朝、おばさまのお見舞いかねがね、ようやく完成したオリジナルレシピのヴァン・ショーを持って行ったら、ちょうど目覚めたばかりのおばさまが、おじさまと百合子さまのあいだで繰り広げられたやり取りを教えてくれた。
 それはすぐにわたしの頭のなかで、聞き慣れたおじさまたちの声で再現された。
「やっぱり、すみれは少し働き過ぎなんじゃないかしら。たまにはゆっくり休ませて、美味しいものでも食べさせてあげなくちゃいけないと思うのよ」
「おまえさんに言われなくたって、下手なモンは食わしてねェよ」
「あら。でも、気持ちはどうあれ、所詮はあり合わせのもので作るまかないでしょう? そうではなくて、すみれをゲストに招いて、ちゃんとしたものを食べさせてあげたいの。わたしもさやを送り出して、ようやくひと息ついたところだから、そのセルフ慰労会も兼ねてね」

 

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