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SF・ファンタジー・ホラー

妖食フルコース レヴェイヨン <オードブル>

   

「繭ちゃんのお給料を減らす前に、まずはあなたのお煙草ね」
「おばさま!」
 おばさまが朝食の席に現れたことが嬉しくて、つい声が弾んでしまう。おじさまはすぐにおばさまに席を譲ると、いそいそとスープを温め直した。

妖食フルコース レヴェイヨン
 ~第2章:オードブル~

Illustration:Dite

 

◆オードブル◆
《3種の前菜の盛り合わせ》
 ~フォワグラのフラン、魚介の燻製サラダ、自家製生ハム~

 病める者が食べたがるもの。
 それこそが薬。

(ロシアの諺)

 三度の食事や休憩時のおやつは、昼夜の予約が満杯の多忙日を除いて、基本的にはスタッフルームで取ることになっていた。角テーブルに高級リネンのテーブルクロスを敷き、お店で使う食器に盛り付けてきちんと頂く。けれど最近はおばさまがいらっしゃらないせいか、おじさまが面倒だと言って、調理台にお皿を置いて食べるようになっていた。
「繭、朝くらいしっかり食えよ。おまえさん、好き嫌いがないのはいいが、食が細くて困る。歳とってから、すみれみたいになっても知らねェぞ」
「大丈夫です、たくさん頂いています。わたし、少しダイエットをしないといけないくらいなんです」
「そんな細っこい体して、何がダイエットだ」
 おじさまはそう言うけれど、いつも美味しいものに囲まれているから、気をつけないと本当に太ってしまいそう。だから、たまには一食くらい抜いてみようと思うのに、時間になるとなぜかきっちりおなかが空いてしまう。味見も仕事のうちで、そこでも多少のカロリーを取ってしまうわけだから、この健康な体が恨めしいくらいだった。
 そんな贅沢な悩みを湯気の立つスープと一緒に飲み込むと、優しい温もりが体の隅々までじんわりと広がっていった。ささやかな、でもわたしにとってとっては至福の瞬間。ひとさじずつ、惜しむようにスープを飲んでいると、おじさまがわたしのパン皿に、ここ最近の「朝の定番」をのせてくれた。
 焼き色ではなく、軽い焦げ目がつくまであぶったライ麦バゲットのスライスに、自家製のリエットをたっぷり塗ったもの。おじさまの作るリエットはなめらかな口当たりのなかにも肉の繊維質がしっかり残っていて、ディップ状なのに「肉」を塊で食べた気分になる。塩加減はやや強め、そこにペッパーミルをガリガリ言わせながら黒コショウを散らすと、最高に美味しいのだった。
「わたし、おじさまのリエット、大好きです。お魚より、やっぱりお肉のリエットのほうが、味が濃密で美味しいです」
「オレもすみれも肉派だな。最後の1ポットだ、味わって食えよ」
「ハイ」
「肩肉を使ったのが良かったんだろう。もともと肩肉は旨味があるんだが、ふたつ合わせたら、赤身と脂身のバランスが良くなった」
 おじさまも満足そうに言って、リエットつきのバゲットにかぶりつく。大小の容器に合わせて6ポットも作っていたから、ちょうど4つあった肩肉の塊を、すべてリエットにしたのだろう。
 塩の効いたリエットは、ほんのり甘いクリームスープとの相性も抜群で、もうひと切れ、リエットをたっぷり塗って食べたくなる。でも、せっかくダイエットを意識したのだから、少しはセーブしなくてはと、ふた切れめのバゲットはバターさえつけずにそのまま頬張った。
 皮はしっかり固く、中身は粉の味が濃厚なバゲットを懸命に噛み締めながら、わたしは百合子さまの言葉を思い返していた。百合子さまは、おじさまが作る普段の食事を「所詮はまかない」と言っていたようだけれど、決して本気ではないと思う。
 百合子さまは、おじさまと軽口を叩き合って遊んでいるのだ。
 おばさまと百合子さまは姉妹同然だから、百合子さまにとって、おじさまは「お義兄さま」のようなもの。おじさまもなんだかんだと言いながら、おばさまをなかにして、百合子さまと仲良くやっているようだった。

 

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