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SF・ファンタジー・ホラー

妖食フルコース レヴェイヨン <スペシャリテ・ド・メゾン>

   

「オレたちの夜食も兼ねて、バーガーでも作るとするか」
「今夜は時間に余裕がありますので、皆さまがいらっしゃるまでに作っておきます」
「よし。バーガー用の肉は、あとでコリエとジャレを挽いておいてやる」

妖食フルコース レヴェイヨン
 ~第3章:メゾン・ド・スペシャリテ~

Illustration:Dite

 

◆メゾン・ド・スペシャリテ◆
《リ・ド・ヴォー・ポワレ》
 ~胸腺のポワレ、ドライモリーユ茸のクリームソース~

《エマンセ・ド・ロニョン・オー・ヴァン・ルージュ》
 ~ロニョンの薄切り、赤ワインソース~

 肉が若い場合は、
 いつも、たいそう消化が良いのである。

(ブリア=サヴァラン)

「そう、これはあのワインにエレーヌの紅茶を合わせたのね」
 ヴァン・ショーのカップを手に、おばさまが優しく微笑む。
 微笑をたたえたおばさまに見つめられた瞬間、顔がかあっと熱くなって、わたしはつい、うつむいてしまった。
 今朝、おばさまの枕元にお持ちしたのは、エレーヌおばさまから頂いたローズティーをベースに、残り物の赤ワインと数種類のスパイス、仕上げに蜂蜜を多めに加えたものだった。去年の冬、寒い夜にはヴァン・ショーが一番だとおっしゃっていたから、それを思い出して朝用にアレンジしてみたのだ。
 朝に飲むなら赤ワインのみではなく、赤ワインを美味しいお茶で割ったワインティーに。エレーヌおばさまから頂いたローズティーは薔薇の香りが強いから、ほど良い割合を見つけるのが難しかったけれど、おばさまに喜んでもらえたのだから、これに勝る報酬はなかった。
「道理で美味しいはずだわ。ありがとう、繭ちゃん」
 ヴァン・ショーを味わうおばさまの前に、やがて温かいスープが置かれた。おばさまはわたしたちが見守る前で銀色に輝くスプーンを持ち、スープをひと口飲んで、ほうっと息をついた。
「どうだ。美味いだろ」
 料理のテイスティングは、おばさまの役目。
 おばさまが合格点をつけたものなら、どんなお客さまにも間違いなく喜んで頂ける。つまり、おばさまの「舌」がこの店のルールであり、指標なのだった。
「昨夜の、素材の風味をストレートに楽しめるコンソメ風も美味しかったけれど……クリーム仕立ても素敵ね。まろやかで、喉越しも良くて、生き返ったようよ」
 腕組みをして調理台に寄り掛かり、おばさまの様子をうかがっていたおじさまが、「大げさだな」と笑う。身に染みるようなスープを口にしたことでさらに元気が出てきたのか、ここ何日間も固形物をほとんど摂らなかったおばさまが、おじさまの食べかけのバゲットに興味を示した。
 食欲が出てきたのは良いことだと、おじさまがバゲットを新たにスライスして軽くあぶり、残り少なくなったリエットをたっぷりと塗りつける。おばさまは差し出されたひと切れのパンを大切そうに受け取ると、口紅を塗らなくてもほんのり赤いくちびるに運んだ。
「ところで、朝からお金の話なんて……一体どうなさったの?」
「いや、高橋の奥さんと梅澤のじいさまが揃って老人ホームなんぞに入っちまったら、ウチの売り上げに響くってハナシだ」
「まあ」
 おばさまは少し驚いたような声を上げると、おかしそうに笑いながら、ゆっくりペースで朝食を摂りはじめた。量は少ないものの、パンにスープにお茶と、普段と同じような食事内容になっている。今夜の夜食会のために、少しでも多く食べて元気を出そうとしているのかもしれなかった。
 それ以上に、おばさまがいらっしゃるというだけで、場が明るくなるのが嬉しい。百合子さまがいらっしゃると、そこに明るさだけでなくきらきらした華やぎも加わるけれど、わたしはどちらかというと、おばさまの静かな明るさのほうが好ましかった。
 すみれおばさま。
 そして百合子さま。
 花の名を持ち、まるでその花のように美しいおふたり。
 それぞれにつけられた花のイメージが、そのままおふたりの個性にもなっているようで興味深い。

 

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