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妖食フルコース フェスタン <ポワソン>

   

「すみれ。あなたが食べたいと思ったものはすべて、あなたの良い薬になるわ。去年の夜食会だって、食べたいと思ったものを美味しく食べたからこそ、あなた、元気を取り戻したんじゃない」

妖食フルコース フェスタン
 ~第4章:ポワソン~

Illustration:まめゆか

 

◆ポワソン◆
《エクルヴィス・ア・ラ・ナージュ》
 ~ロブスターのスープ仕立て~

 飢えた胃には耳がない

(ラ・フォンテーヌ)

 肉食は効率の悪いもの。
 それを知ったのは、この体がずいぶん長い時間をかけて「大人」になっていく、その道すがらのことだった。調理を工夫すればパーセンテージはかなり底上げされるはずだけれど、食肉というものは概して、コストも高ければ廃棄率も高い。
 例えば、1キログラムの牛肉を得るためには、10キログラムもの穀物が必要になる。わたしたちが一枚のビーフステーキにありつくためには、肉牛に大量の餌を食べさせなければならないのだ。
 それだけではない。
 トーストにたっぷり塗られたバターも、ケーキを彩る生クリームも、ステーキ同様に高くつく。乳牛の穀物消費量は、肉牛より多いと言われているくらいなのだから。つまり、一枚のステーキもひと切れのケーキも、人間の口に入って然るべき穀物が家畜の口に大量に投じられて初めて可能になる代物なのだ。家畜の餌となる穀物を作る人々が、みずから刈り取ったものを口にできずに飢えていく皮肉な現実の前に、わたしたちの「美食」はある――――。
「ノン」
 どういうわけか、この手の記事は定期的に雑誌に載る。
 こうした「重い」テーマを手掛けるライターの、わかったような筆致が気に食わない。わたしは、もう二度と購読しないと決めた厚手の婦人誌を、裏庭の片隅に鎮座する大型の焼却炉に投げ込んだ。
 商売柄、飲食店は毎日のように結構な量のゴミが出る。
 その大半が生ゴミであり、液だれや腐敗臭なども少なくないことから、家庭ゴミの回収日に無理に出すと近隣からクレームがつく。かと言って業者に頼むと高くつくことから、すみれの店にはオープン当初から業務用の大型焼却炉があった。火力は業務用のなかでも最大級で、二次燃焼バーナーや除塵装置もついているため、排煙や排気にも問題はなかった。
「あら、すごいわ。側面から高圧風が出る仕組みなのね」
 個人宅にある焼却炉の構造になんとなく興を覚えて、ちろちろと舐めるような炎しか残っていない内部を覗き込む。炉の側面にある無数の穴から高圧風が噴き出すということは、ここに放り込まれたゴミはかなりの高速で処理され、残る焼却灰も少ないはずだった。普通なら、この広い庭園に撒くだけで十分に処理できるだろう。
「これだけ本格的な焼却炉があるのに、燃えカスが多すぎて、山に捨てなければ追いつかないなんて。角野さん、もう少しゴミを減らしたほうがいいんじゃないかしら」
 苦笑交じりに、ゆっくりと燃えていく雑誌の表紙を見つめる。
 頭上に繊細な英字フォントが躍る、とある新進女優の顔があっというまに醜く歪んで焦げていく。『セルフィーユ』という名の婦人誌は、自宅マンションの仕事用サロンに置いておく程度には気に入っていのだが、編集長が代替わりしてから話にならないくらい内容の質が落ちていた。
 内容が落ちれば読者が減るのは当然のことで、今月号からは紙質まで落ちている。これでは読むどころか眺める気にもならず、前任の編集長がいかに素晴らしい手腕の持ち主だったかを、改めて知らされる思いだった。
「モン・シェリ」
 焼却炉の周囲というより、この広大な裏庭全体に、まるで何かを悼むように白薔薇が植えられている。わたしは焼却炉の隣で枝葉を茂らせる、数日中には花開くだろう白薔薇に手をかざした。
「ねえ、あなたがいけないのよ」
 日の光に照らされた緑濃い葉と純白のつぼみを、若い枝々を飾るささやかな棘ごと、そっとなでてやる。すると、いにしえの姫君の名を戴いたひと株の白薔薇が、はにかむように身を震わせた。

 

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