嬉しいときは踊り明かしましょう。
嬉しいとき?
例えば、幻創文庫に採用になったとき。
踊りましょう。時間を忘れて。夜明けまでも。
コヴェント・ガーデンの青物市場の隅で、イライザは花束を作っていた。
スミレの花を五本まとめ、白い糸で縛るのである。
四月のロンドンは、まだ寒い。
ましてや朝四時では、冬と同じだ。
手は凍りついて感覚がない。
それでも、花束を作り続ける。
花束を作り、それを売らなければ、パンが買えない。
イライザは、マイアミに行きたいと思った。
どこにあるのかは、正確には知らない。
ただ、冬のない暖かい場所だと聞いていたのである。
ニューヨークの近くらしい。
いいや、そんな外国でなくてもいい。
せめて、暖炉のある部屋があれば……。
昨日は散々であった。
オペラハウスから出てくる紳士淑女に花束を売ろうとしたのだが、売れたのは一束だけであった。
退役軍人とおぼしき、立派な紳士が買ってくれただけであった。
その金も、飲んだくれの父親に取り上げられてしまった。
昨日の食事は、花売りの仲間がくれた一切れのチーズだけであった。
暖炉の前でチョコレートを飲みたい……。
ふと気が付くと、市場の騒音が消えている。
(あれ?)
顔を上げると、まわりの景色が停止していた。
野菜カゴを担ぐ者、荷車を引く者、などなどが、途中の姿勢で止まっているのだ。
(えぇ?)
イライザの前に光が現れ、それが消えると、そこに恰幅のよい女性が立っていた。