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ホラー / 怪奇 / 恐怖

妖精たちの贈り物 <はな>

   

 一抹の寂しさに似たものを覚えながら、機嫌良く返してやる。
 ほんのひと月前までの、「大きな幼児」だった頃のインパクトがあまりにデカかったせいか、いまだに調子の狂うときがある。9歳程度にまで成長したオレたちの愛娘は、慎ましく大人しい、本来の性格を取り戻しつつあった。
「ありがとう、パパ。ママにはお洋服を作ってもらうの。赤ずきんちゃんのマント。リオンくんが帰ってきたら、いるものとか、いろいろ相談しようっと」
「さすがに猟師の鉄砲はねェからな」
「はーい」
 オレたちのかわいい娘が、高橋の奥さんと話し込んでいるオレの女のもとへ駆けていく。いちいち小走りになるところがガキっぽいが、もう大火傷を負う前と大差なかった。
(最近、ちび助の前じゃ姉さん気取りだしな。女は成長が早いってのは、こういうことか。いや、ちび助がチョイとガキっぽくなったせいもあるな)
 オレたちのかわいい娘は、その精神が4歳児程度だった頃は男親と女親の区別なく、身体的にダイレクトに甘えてきたものだった。9歳児相当になってからは大人連中をかなり上手に使い分け、大抵のことはオレの女に頼み、オレの出番はめっきり少なくなっている。そもそも、こうやってオレに頼ってくること自体が少ない。
 代わりにオレたちの娘は、ちびライオンと同程度の精神年齢になるや、嬉々として家事を手伝うようになった。満杯のスケジュールの合間には、オレの仕事の手伝いまでしようとするのだ。ちびライオンが寝付く夏のあいだ、製菓の基礎でも仕込んでやれば、冬にはオレの女のためにビスケットのひとつでも焼くようになるだろう。ちびライオンが同じ歳を繰り返すたびに少しずつ甘えん坊になっていくのを考えると、実に対照的な変化だった。
 記憶のリセットを毎年受けていても、多少の経年変化は避けられないものなのか、近年のちびライオンは「優しく賢く器用だが大の甘えん坊」という子供になっていた。初恋の女を救おうとした熱い正義感も、発揮する場所がなければ、薄れていくのも無理はない。何よりも、サヨリ女や老人たちが、こういう子供がシュミなのだ。
(そうか)
 ハッと気づいて、厨房の壁に掛けられた、機能優先の時計に目をやる。今は夕方の4時を少し過ぎたところで、オレたちの娘のレッスンを邪魔しないようにと出掛けていた「祖父と孫」のコンビが、そろそろ帰って来る頃だった。
 なんだかんだで身内が全員集まっているのは、天気予報で「来週から梅雨入り」と出たからだ。ちびライオンが強制的に病床に着かされる夏が、今年もやってくる。果てなく繰り返される夏が、またやってくるのだ。つまり今日は、ちびライオンがベッドに押し込まれる前の、「最後の外出日」というわけだった。
(楽しい「赤ずきんごっこ」は、秋以降に持ち越しだな)
 何も知らない、本当のことなど何ひとつ覚えていないオレたちの愛娘が、オレの女に甘えて抱きつく。オレの女の白く優しい手が、その黒髪をなでる。幸せな母娘の隣で、サヨリ女が宝石だらけの腕時計に目をやり、オレたちの娘に何か言ってうなずいた。そろそろ、ちびライオンが帰って来るとでも言っているのだろう。
 ちびライオンが9歳のまま迎える、8回目の夏。
 去年、ちびライオンの歯が抜け落ちたとき、女たちは動揺した。凍りついた時間のなか、事故や虫歯で歯が抜けたのではなく、体の成長を示すいち現象として乳歯が抜けたのだ。そんな例など、これまでに一度もなかったのだろう。
 梅澤のじいさまいわく、下の乳犬歯の生え替わりは、8歳前後で起こり得る自然現象なのだという。ならば自然現象としてすぐに永久歯が生えてくるのかと思ったが、あれから早くも1年近くが経とうとしている今も、歯っ欠け坊主は歯っ欠け坊主のままだった。
 あのとき耳の奥に響いた、奇妙なノイズ。
 もしかしたら、何かが変わるのかもしれない。
 そんな期待をほんの一瞬だけ抱いたが、別に何も変わらなかった。やはり何もかもが止まったままで、何ひとつ変わらない。オレの女は今日もまた、昨日と同じように微笑んでいる。去年の今日と同じように、夢のように甘く優しく微笑んでいるのだ。

 

-ホラー / 怪奇 / 恐怖

シリーズリンク

妖精たちの贈り物<全5話> 第1話第2話第3話第4話第5話

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