幻創文芸文庫 (β)

小説好きの創作小説を無料配信*スマホ対応

歴史ファンタジー

東京探偵小町 第三十六話「赤い祭壇」 <1>

   

「川添くんがみずから命を絶ってしまった今、真相は闇のなかだ。ひとつだけ言えることがあるとすれば、あの盗人が君たちにカードを残したのは、時枝嬢を無傷で手に入れるためだろう。川添くんに獲物を横取りされてはかなわない、ただそれだけだ」
 うつむくリヒトの表情に、さらに暗い影が落ちる。
 川添はみずから命を絶ったのではない、そそのかされ、追い詰められ、逸見から生命力のほとんどを奪い取られて死んだのである。火精にその身を焼き尽くされる直前、死をこいねがう川添に懐剣でとどめを刺したのは、ほかならぬリヒトだった。
「あの盗人は、時枝嬢から片時も目を離さなかった。時枝嬢があの晩まで無事でいられたのは、永原探偵の十字架が、まさに掛け守りとして時枝嬢を守護していたからだ」
「吸血鬼は、十字架に弱いのですか」
「西洋の魔物の多くは、十字架の前ではその力を失う。加えて永原探偵が愛娘の誕生祝いに贈った十字架には、父たる者の深い情愛が込められていたのだろう。時枝嬢はそれをみずから手放し、夜更けに出奔したのだ。無防備に出歩く獲物を、あの抜け目のない盗人が見逃すはずがない」
「じゃア、なんだ」
 握り潰した紙片を応接テーブルに投げ出し、和豪が懐手をする。
 逸見は軽く息をついて、しわだらけになった紙片を引き寄せた。
「あの晩、大将はあのクソ野郎から命からがら逃げてきて、それであンなひッでェ格好をしてたってことかよ」
「腕力に勝る、しかも人間ではない恐ろしい魔物を相手に、お守りとなる形見の十字架もなく……きっと、死に物狂いで抵抗したんでしょうね。たったひとり、かよわい少女の身で、どれだけ恐ろしい思いをしたことか」
 二青年の脳裏に、あの満月の晩の、時枝の無惨な姿がよぎる。
 はだしの足は土に汚れ、袴も帯も引きはがされた着物は衿から裾までが大きく乱れ、口もとにはうっすらと血までついていたのだ。それがよもやアヴェルスの仕業とは思わず、倫太郎は怒りをこらえながら言葉を継いだ。
「まして、眷属にされかけたなんて」
 それでも、時枝はなんとか無事に自分たちの側にいる。
 吸血鬼に襲われたとしても、仲間にされたわけではないのだ。
 一連の話に驚愕しながらも二青年が平静を保っていられるのは、ひとえに時枝が「無事な姿でここにいる」からだった。
「あの晩は、ここまでずっとお嬢さんを狙い続けていたアヴェルスにとっては、まさに千載一遇の好機だったわけですよね。亡き先生の十字架もないなかで、アヴェルスの魔手から逃げおおせることができた奇跡を、僕は天に感謝せずにはいられません」
 軽くうなずいて、逸見は倫太郎の手にある白銀の十字架にチラリと目をやった。十字架が視界に入った瞬間の刺すような痛みさえ、今の逸見にはひとつの愉悦だった。
「たしかに、時枝嬢は幸運に恵まれていた。さほどの役には立てなかったものの、あの場にリヒトが居合わせたこと自体が、奇跡的なめぐり合わせだったと言えるだろう」
 急に名を出されて、リヒトが弾かれたように顔を上げる。
 視線が集まるなか、何を言ったら良いのかわからないという困惑と沈黙が、皮肉にも二青年の推測を促した。
「おめェまさか、本当はあのとき、アヴェルスとやり合ってたのかよ! 俺ァてっきり、やくざモンの三下あたりが絡んできやがったのかと」
「オレだけではありません。あのときは、永原の小鳥も」
「青藍が?」
「はい。信じてもらえないかもしれませんが」
 そこまで言って、リヒトが口をつぐむ。
 賢く勇敢な小鳥ではあったものの、雀よりも小さなかぼそい体で、どうやってリヒトと共闘したのだろう。だが、この世に魔物が実在するなどという信じがたい話を聞かされたいま、リヒトの話を簡単に笑い飛ばすことなどできなかった。

 

-歴史ファンタジー

シリーズリンク

東京探偵小町 第三十六話「赤い祭壇」<全4話> 第1話第2話第3話第4話

レビュー

この作品はいかがでしたか?
あなたの感想を送って、作家を応援しよう!

レビューを書く

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください

おすすめ作品