記録2《チャンスが来たら、死ぬ気でつかめ》
桜小路先生からの問題です。
直角二等辺三角形で、サイン、コサイン、タンジェントを求めなさい。
明治桜花大学は、埼玉県の北部にある総合大学である。
名前のとおり、創立は明治時代、日露戦争から五年後。
赤谷正九郎伯爵が創立した、日本山桜専門学校が前身である。
理学を教える学校であった。
日露戦争で下瀬火薬が大活躍して以来、化学がブームになったのだ。
その後、経済科、法律科、文学科などが増えた。
そして、明治桜花大学という名称になった。
大正の始め、赤谷伯爵の別荘があった埼玉県に移転した。
別荘の周囲の山林を切り開いて、広いキャンパスを作ったのである。
この建設には、フランスで成功した青石隆司の寄付が、大きな力となった。
青石隆司は、赤谷伯爵と深い関係を持つ財界人である。
こうした古い歴史に支えられ、現在では、百年の歴史を持つ、名門の総合大学として知られている。
大学のキャンパスには、昔の山林を生かした公園がある。
その公園の池の中で、男女二人の死体が発見されたのだ。
被害者の男性は、香川圭三、二十七才。
経済学部の助教であった。
女性は、馬場弓子、二十八才。
図書館に勤務する大学事務員であった。
二人とも、頭の後ろを、鈍器のようなもので殴られていた。
男の財布、女のハンドバックから、札がなくなっていた。
「だからといって、強盗殺人とは速断しないさ」
と榊原警部が説明した。
強盗に見せかけただけなのかもしれない。
「そもそも、犯行現場が、別な場所のようなんだ」
「強盗なら、わざわざ死体を動かさない」
と桜小路悟一。
「そう。ともかくも……」
ともかくも、警察は、彼ら二人の怨恨関係を調べた。