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幻想 / 夢幻

幻影草双紙71〜ネコババ(前編)〜

   

 影の薄い、小心な男です。

 

 
 土曜日の午後7時。
 駅は、閑散としていた。
 都下多摩丘陵のはずれに位置する駅である。
 平日は通勤客でにぎわう駅なのだが、土日は、ひっそりとしてしまうのだ。
 電車から降りたのは、山田一郎だけであった。
 背広姿で、大きな鞄を持っている。
 仕事帰りなのだ。
 仕事が溜まっていて、土曜出勤をしたのである。
 背広は、流行遅れのデザインで、サイズが合っていない。
 鞄は、極端に大きく、荷物を担いでいるように見える。
 顔にはマスクをしていた。
 確かに、最近、インフルエンザが流行っているのだ。
 しかし、こうした山田一郎の格好は、どう見てもセンスがない、としか言いようがない。
 そうなのである。
 彼にセンスはなかった。

 山田一郎は、ホームを歩きながら、ふと気が付いた。
 何か、駅でやることがあった、ということを思い出したのである。
 駅……、それとも、駅を出たところだったかな……。
 思い出せないまま、改札を出る。
 駅の前の道も、人通りが、ほとんどない。
 その先に、銀行の看板が見えた。
 あっ、そうだ、お金を下ろすのだ。
 山田一郎は、頭の回転が速い方ではない。
 もっと率直に言えば、回転は遅い。
 記憶力も悪い。
 朝、アパートを出るとき、銀行でお金を下ろさなければ、と思ったのであった。
 それで、通帳とカードを持って、アパートを出たのである。
 しかし、それを、もう忘れていたのであった。

 

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