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ハートフル

熱田の小さな奇蹟

   

 私のつまらない発言に、タケルさんは優しく「どうしたの?」と聞いてくれた。こんな風に人に話すのも、聞いてもらうのも初めてかもしれない。ここは神様の場所だから、今日だけは許して貰える、この人だけは許してくれる、そんな気がした。
「私が、よくここに来るのは、お願い事がある訳でも、癒されたいからでも無いんです。私、友達がいなくて、行く場所もなくて、家にいればお母さんも心配するし。でも、女が一人で歩いてるなんてどう見られてるのか考えると人の目が怖くなって。ここなら一人で来てる人も多いし、だからここに来てるだけなんです」
 タケルさんは、黙って私の話を聞いていてくれた。
「神様なら、私のつまらない話、聞いてくれるかな。なんて思って。それで、参拝の代わりに愚痴ってるんです。馬鹿でしょ。こんなんだから、仕事も上手くいかないし、いつも怒られてばっかで、私なんて本当に何処に行っても邪魔にしかならないんです。それに」
 私は、止まらなくなっていた。そして、溢れそうな涙を、ぐっと堪えていた。
「タケルさんに声を掛けられた時、凄く嬉しかったんです。でも、彼女さんを探しているって聞いたとき、とても心が痛かった。やっぱり、私は一人なんだって、そんな気がしたんです。だから、せめて、今だけでも友達の気分でいたくて……御守りを買いました。その珈琲も御守りも、単なる私の気持ちの押し付けです」
 少しの間を置いて、今度はタケルさんが語り始めた。
「邪魔な人なんていませんよ。どんな人でも、必ず必要とされる場所はあるはずです。そんな場所に、葵さんはまだ出会えてないだけなのですから。葵さんは優しい人なのですから、貴女が待てる人と言うのが、きっと近い将来現れる筈です」
「待てる人ですか?」
「そうです、貴女が支えるべき人の事です」
 タケルさんが、立ち上がった。
「さあ、行きましょう。自分も、いつまでも待たせていてはいけませんから」
 みなも神殿の方へ入り、信長塀の方から本宮の方へ出た。やはり、タケルさんの彼女らしき人は見当たらず、最後にと清水社の方へと向かうことにした。神楽の前を抜け、裏へと続くような小道に入ると、ここは森にでも入って行く様な気分になる。少し足元も悪く、薄暗い場所ではあるものの、妙に空気が澄んで感じる。
 ここで彼女さんが見つからなければ、タケルさんはどうするのかな。
 もし、彼女さんが見つかったら、もうこの時間は終わりなのかな。
 そんな疑問が、私の頭の中を飛び交った。
「タケルさん。この先の清水社の湧水で肌を洗うと綺麗になるそうですよ。もしかしたら、彼女さん、タケルさんに会うために、ここで肌を洗ってるのかも知れませんね。女は、大好きな人の前では、いつだって綺麗でいたいから」
 清水社の前で、足が止まる。

 

-ハートフル

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