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童話 / 寓話

はなのほし

   

「そう言って貰えると、少しは気が楽になりまさ」
 まだ少し落ち込んだ風に、黒い鳥が言う。
 それから、身体中の空気をすっかり入れ替えるみたいに大きく深呼吸をして、黒い鳥は全く今度は陽気な明るい声をあげた。
「でもそれなら、旦那が知りたい真っ黒い芋虫ってのは、一体全体何者なんでしょうかね」
 古老もそれを考えていた。
 本当は、古老は、自分が知らない虫はいないと思っていたのだ。
 古老の大きな身体には、一年を通して実に様々な虫が集まり、生活する。葉を齧ったり、樹液を舐めたり、時には枝にチクリと穴を開けたりして、多くの虫が、古老の身に依存して生きる。もし古老の葉や樹液に興味がない虫でも、古老が見下ろすこの小さな草原に頼って生きる者も多くいる。だから古老は、実にたくさんの虫を見知っているのだ。
 けれど、そんな古老でも知らない虫が、根元の花達の傍に生きているらしい、例の真っ黒い芋虫である。
 名前も習性も全く何も知らない虫が、自分のすぐ傍にいる事が、古老は面白くない。
 いいや、本当に面白くないのは、「近い内にまたあの黒い芋虫が姿を現すだろう」と、そう感じている事だ。
 あぁ、古老は枝葉をぞわぞわと震わせて恐ろしげに唸り声を漏らす。
 考えるのも恐ろしい。
 本来であれば食欲旺盛なはずの芋虫なのに、草花を食べるために姿を現すのはほんの僅かな時だけで、毎日毎晩、何処で何をしているのか知れない。その親の姿も見た事がなく、何処に卵が産み付けられるのか、いつ孵化し、いつ羽化するのかも解らない。
 黒い鳥の言う通り、その芋虫が一体全体何者であるのか、古老は全く解りやしないのだ。
 何一つ解りやしないのに、それなのに古老は今し方、「近い内にまたあの黒い芋虫が姿を現すだろう」と思った。
 何も知らないはずなのに、近い内にまた現れるなどと、なぜそんな事が言えるのだろう。
 それは、つい今さっき、根元で黄色い花が楽しげに笑うのを聞いたからだ。
 黄色い花は何と言ったか。
 蕾は丸々太って、明日にはきっと花が咲くだろうと、声高にそう言った。
 つい先日、無残に食い尽くされてしまった青い花も、蕾が大きく膨らんで、明日には咲こうという晩に、夜の闇より真っ黒な芋虫に襲われて、二度と咲けなくなってしまった。
 前の年の春も、その前の年も、今にも咲こうという花や、見事な花をやっと咲かせたばかりの者ばかりが、丁度その時、黒い芋虫に集られて跡形もなく食い尽くされる。
 あの黒い芋虫は、丸々太った大きな蕾や、咲いたばかりの花が好きで、その頃を見極めて姿を現すのだろうか。黒い芋虫が、成長の為に食べるべきものが、花や花の蕾であるとするならば、古老の根元に咲く花達の言いなりに、他の花を襲う事にも不思議はない。花を食べたい芋虫と、他の花が目障りな花とで、そこには思惑の一致があるのだから、芋虫達が花の言いなりになって、他の花を食い潰しても、どの道、花を食べる事の出来る芋虫の損になる事はない。
 けれど、いつかの過日ならばいざ知らず、今やこの小さな草原に咲く花の数は、ごく僅かなものだ。芋虫達が、幼子の服を脱いで成虫になる為に必要なだけの食べ物が、今やこの草原には足りないのではないか。年々この草原から綺麗な花の姿は失われていく。
 年々花は減っていくのに、花を食べて育つのであろう黒い芋虫達の数は、決して減っているようには見えない。
 幼子が食べるべきものが少ないというのに、幼子の親は、変わらずこの草原に卵を産んでいく。だから、古老が毎年見掛ける黒い芋虫の数は、変わらない。
 どんな虫の親だって、我が子の食べるものが豊富な所に、卵を産み付けるはずだ。せっかく生まれた我が子が、僅か一日二日で餓死してしまいそうな痩せた土地に、虫の親は卵など産み付けはしないはずだ。
 黒い芋虫が花や花の蕾を食べて生きるのなら、今この草原は、彼らが生きるに適しない場所である。
 それは、卵を産み付けに来る母虫の目にも明らかなはずだ。
 年々花の数が減っていけば、それに伴い、花を食べる黒い芋虫の数も減少するのが、自然の摂理であるはずなのだ。
 今この場所に、芋虫達は本来いるべきではない。にも関わらず、彼らは何処からかやって来て、いつも同じ食事風景を繰り返す。現状では、自分の「食べもの」であるはずの花達の言いなりになって良い道理はない。ただでさえ食べるものの少ない芋虫達にとって、更にその摂取量を固定、制限されてしまうのは、損どころか生命の危機でしかない。
 にも関わらず、芋虫達は花の言いなりに動き、近い内にまた、蕾を大きく膨らませた花を襲うのであろう。
 それならまた、黒い芋虫の事がまるで解らなくなってしまう。
 毎日毎晩姿を現す訳ではないのに、気が付けば繰り返しその存在を突き付ける。
 確かに存在しているはずだろうに、生きるという目的の全貌が、とても窺い知れない。
 ただ彼らは、花を食い尽くす為だけに、深い地中から這い出て来る。
 いや、違う。食い尽くすのであれば、今や古老の根元の花は、一輪も残ってはいないはずだ。
 損得勘定などはなく、「目障りな奴がいる」と言う花の命令を聞いて、黒い芋虫達はそれに従うためだけに、姿を現している。
 そう思うと、恐ろしくて堪らなかった。
 何処の世界に、自分の得にもならぬのに、主従のような共存関係を結ぶ者がいるだろうか。否、共存などではなく、もはや確かな主従関係であろう。
 本来「食べる側」と「食べられる側」とを結ぶ奇妙な絆の色も形も、その存在理由も何もかも、理解し難い。
 だけどとにかく、近い内にまたあの芋虫達は姿を現すだろう。
 確信に近いほど強く、そう感じる。
 懸命に恐怖を押さえ付けるようにしながら、古老は黒い鳥に言う。
「きっとまた真っ黒い芋虫を見掛ける事があるだろう。その時には、もっと良く、ちゃんとその姿形を見て覚えよう。そしてまたお前さんに、その正体を調べる手伝いをして貰いたいのだが、手伝ってくれるかね?」

 

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