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童話 / 寓話

はなのほし

   

 黒い鳥は胸を張って力強く答えた。
「えぇ、勿論。あたしで良ければ幾らでもお手伝いさせて頂きますよ、旦那さん」
「ありがとう。今日は本当にありがとう。お前さんも、連日忙しくして疲れただろう。わしの枝の上で、ゆっくり休んでいくと良い」
「はい、ありがとうございます。実はさっきから疲れて眠くて仕方ないのですよ。では、お言葉に甘えてのんびり休ませて貰いましょう」
 そうして黒い鳥は、古老の一番太い枝の上にちょこんと座った。
 古老はじっと、根元の小さな花達を見下ろしていた。

 月の輝きを、天高く風に流れる雲が、時折覆い隠してしまう夜。
 その夜、古老が感じていた恐れは、確かな現実となる。
 草木も鳥も獣も虫達も寝静まる夜更け、赤い花の兄弟は、草原を引き裂くような悲鳴で目を覚ました。
 ぞわぞわばりばりと、恐ろしい音がする。
 月を雲が覆い隠す真っ暗な夜、懸命に目を凝らして、赤い花の兄弟はそれを見た。
 夜の闇が忙しなく蠢いている。
 夜を千切って丸めて固めたような真っ黒な影が、あちらこちらでぞわぞわと蠢いている。
 そしてその真っ黒いものが蠢くほどに、絞り出すような悲痛な叫びがあがるのだ。
 痛みに泣き叫ぶ声は、二つあった。
「痛い、熱い、焼ける、燃えてしまう、溶けてなくなってしまう! 音が聞こえる、俺のこの身が食われていく音が聞こえる。今日まで育てた大切な蕾が、ばりばりと食い荒らされていく! 酷い音が、音が聞こえる、俺のこの身がどんどん俺の心から引き離されていく音が、酷い音が響いてくる!」
 その声は恐らく、紫の花だったろう。
 いつもはもっと冷静で心に余裕のある声なのに、今のその声はあまりに震え、あまりに泣きじゃくっているから、果たしてこれは本当に彼の声だろうかと疑うほど、変わってしまっていた。
 そして泣き叫ぶ声はもう一つ。
 いいや、その声は痛みに痙攣しながらも、それでも甲高く笑っていた。
「いひひ、ひひひ、ひゃはははははは! あんた達の考えなんかお見通しだよ! あたしだけやられて堪るか。あんた達だけ咲かせて堪るか。あたしの花が咲かないこの場所に、誰の花も咲かせてなるものか! みんな一緒に消えちまえばいいのさ、ひひひ、ひひひ、ひひひ!」
 自らもその身を食い荒らされる痛みに声を引き攣らせながら、気の狂ったように笑う、黄色い花。
 風が吹く。
 天高く、雲が風に流されて、静かな月の光が束の間零れる。
 月明かりで薄らと見えた光景に、赤い花の兄弟は息を飲んで震えた。
 そこかしこに、あの真っ黒い芋虫が蠢いていた。
 狂ったように笑い続ける黄色い花も、痛みに泣き叫ぶ紫の花も、根元から蕾の先まで、すっかり黒い芋虫に覆い尽くされてしまって、もうその葉先でさえも容易には覗けない。芋虫は長い行列をつくってまで、二つの花に寄り集まっていく。
 ざわざわばりばりと、恐ろしい音が聞こえる。
 黄色い花と紫の花とから、ばりばりと、恐ろしい音が聞こえてくるのだ。
 呆然とその光景を見つめる赤い花の兄弟をまるで呼ぶように、風に混じって聞き覚えのあるもう一つの声が聞こえた。
「来るな、来るな、来るな、あっちへ行け。お前達、俺を守れ、守るんだ」
 震えながらも傲慢な声を張り上げるのは、白い花ではないか。
 白い花を中心として、蠢く黒い山が円を描いている。
 真っ黒な芋虫達が、白い花の周りで互いに食い合っているのだ。
 白い花が従える芋虫と、黄色い花がけしかけた芋虫が、互いの大顎を向け合っている。
 互いに向けた大顎は、容赦なく柔らかなその身を食い千切る。白い花に襲い掛かろうとする芋虫と、白い花を守ろうとする者達が対峙すれば、硬い頭部にも構わず食らい付く。正面からぶつかり合うその横から、別の芋虫が這い上がって来て、薄っすらと短い毛の生えた背中や、気門を穿つ脇腹を食い破っては薄黒い体液を溢れさせる。芋虫という幼子の皮膚は弱く、噛み付かれれば容易く裂ける。白い乳が薄墨に濁ったようなどろりとした体液が、皮膚の裂け目から滴り落ちて、それを浴びながら敵方の芋虫は一層激しく顎を打ち込み、相手の身体を切り刻む。
 白い花の芋虫も、黄色い花の芋虫も、互いに食らい付いて、その乱暴な激しさで、闇夜に芋虫の体液が飛び散った。
 まるで雨でも降っているみたいに、薄黒い粘液が、蠢く芋虫達の上に、傍で震える白い花の上に、ばりばりと食べられていく黄色い花と紫の花との上に、降り注ぐ。
 紫の花の泣き叫ぶ声が、途切れ途切れに、少しずつ弱くなりながら、響き続ける。
 白い花は恐怖に震えおののきながら、自分が従える真っ黒な芋虫達に、「死んでも俺を守れ」と繰り返し言い付ける。
 何がそんなにおかしいのか、黄色い花はただ笑い続ける。自らもその身を毒に焼かれ、芋虫の顎で噛み千切られているというのに、まるでその苦痛も忘れようというみたいに、気の狂った笑い声をあげて叫ぶ。
 重く粘着く薄黒い雨が、呪いのように皆に降り掛かる。
 風が吹く。
 雲が流れ、月を隠す。
 月明かりが遮られ、無残な光景は再び闇に覆われる。
 暗闇に塗り潰されたそれらが、寝苦しい夜に見た悪夢であれば良かった。
 だけれど残念な事に、それは醒める事もなく随分と長い時間、闇の奥から変わらぬ音を聞かせるのだ。ぞわぞわと蠢き、ばりばりと食らい、紫の花の泣き叫ぶ声と、黄色い花の狂った笑い声と、白い花の怒号と、粘着く雨の降る音を、変わらず闇に轟かせる。
 随分と長い時間、それを聞いていた。
 なす術もなく、ただ聞かされていた。
 悪夢のようなそれを止めたかったけれど、声も出せないほど、恐怖に震えていた。頭の中は真っ白になって、言葉なんて一つも浮かんで来やしない。黒い芋虫に守られて震える白い花と同じように、赤い花の兄弟も、ただ恐ろしくて震えていた。
 化け鳥が不気味に鳴くような甲高い笑い声と、心を叩き潰したくなるほどに痛々しい、泣き叫ぶ声を、赤い花の兄弟は何も出来ず、ただ呆然と聞いていた。

 

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