幻創文芸文庫 (β)

小説好きの創作小説を無料配信*スマホ対応

童話 / 寓話

はなのほし

   

「まぁ、待て待て、待ちなさい。余所者だからと言って、どうこうする者なんかここにはいない。安心して羽を休めていくと良い」
「えっ、本当ですかい? そりゃ良かった。実はいらだち紛れに乱暴に飛んで来たから、腕が痛くて仕方ないんですよ。助かりまさ」
「やれやれ、お前さんはどうもせっかちなようだね。娘さんに逃げられたのも、そこが原因じゃないのかね」
「何ですって? あたしのせっかちが原因ですって? そんな馬鹿な! だってあの娘はそんな事は一言も言いませんでしたよ、えぇ、ただの一言もね。ただ羽の黒艶が、って」
「まぁまぁ、落ち着きなさい。今は静かに羽を休めると良い」
「はぁ、そうですね」
 心の中でもう一度「やれやれ」と呟いて、古老はしばし口を噤んだ。
 再び枝にとまった黒い鳥は、丁寧に羽を手入れしている。
 少しの時間、そうしておいてから、やがてもう一度、黒い鳥に古老は問い掛けた。
「なぁ、お前さん。お前さんが暮らしている、山のふもとの方にも、多くの虫がいるのだろうね?」
 羽を摘まんでいたくちばしを、ぱちんと鳴らして閉じて顔を上げると、黒い鳥は頷いて答えた。
「えぇ、そりゃいますよ。大きい虫から小さい虫、綺麗な虫から面妖な虫、硬い虫から柔らかい虫、甘い虫から苦い虫まで色々ね」
「その中に、真っ黒い虫はいるかい?」
「何ですって、真っ黒い虫? そりゃ、そんなような奴も良く見掛けますが、それだけじゃ、どの真っ黒い虫の事を言っているのか解りません」
「ふむ、それもそうか」
 黒い鳥が首を傾げてそう言うと、古老も喉を唸らせて悩んでしまう。
 古老は、昨夜根元に薄っすらと見えた光景の一つ一つを、つぶさに思い出しながら、一つ一つゆっくりと黒い鳥に言い聞かせた。
「そう、確かそいつは、夜に現れるようだ。お前さんの羽のように真っ黒な身体をした、細長い芋虫でな、身体に毛も棘も生えていない、真っ裸の芋虫だ。土を盛り上げて表に這い出て来る。何匹も何匹も、次から次へとぞろぞろ出て来る。あれはきっと二、三十匹はいただろう。そうして皆で寄って集って一つの花の、根から葉から茎から蕾まで、全部まるごと平らげてしまうのだ」
「ほうほう、夜に土の中から這い出て来る真っ黒い芋虫ですね? 旦那、そいつはひょっとすると」
 古老の話を聞いた黒い鳥は、ツンとくちばしを空に向けて、誇らしげに胸を張って言う。
 どうやら黒い鳥には心当たりがあるようで、古老もその答えが気に掛かり、まるで身を乗り出すつもりで、声に期待を込めて黒い鳥の言葉の先を促した。
「何だい、何か知っているのかい、お前さん。教えておくれ」
「えぇ、勿論。旦那、その芋虫はひょっとすると、盗っ人虫かも知れませんな」
「ほう、盗っ人虫というのか」
「えぇ、あたしも話に聞いただけで、本物を見た事はないのですがね。何たって、盗っ人虫は夜中にならないと、草を食べに出て来ないものですから。あたしは夜目は利かないものですから、夜中に出て来る盗っ人虫を、この目で本当に見た事はないんですよ。だからあたしが知っているだけの事を、お教えしましょうね」
 そう言うと黒い鳥は、一つ、厳かに咳払いをして話してくれた。
「盗っ人虫っていう呼び名は、その通り『夜の盗っ人』って意味です。さっきも言いましたが、あいつらは、昼間は土の中で眠っていて、夜になると土から這い出て来て、どんな葉っぱでも大抵好き嫌いなく、むしゃむしゃ食べてしまうんだそうです。そして夜が明けて、満腹になるとまた土の中に潜って姿を晦ませてしまうので、朝、畑にやって来た農夫どもは、食い荒らされた野菜を見て、皆悔しそうに地団駄踏んでいますね。この盗っ人虫は蛾の子供らしくてね、毛の生えていない丸裸の芋虫だそうです。その肌の色は夜空のように黒ずんでいるって話ですよ。あたしが知っているのはこれくらいでさ、旦那」
 話し終えた黒い鳥に礼を言って、古老は喉を唸らせる。
 古老はずっと、あの花達が従える黒い芋虫の事を気に掛けていたのだ。
「盗っ人虫は、蛾の子供なのだね?」
 唸りながらもう一度答えを確かめようと、古老は訊ねた。黒い鳥は自信たっぷりに、まるで身体全体で頷いてみせる。
「いかにも。旦那の木肌と変わらないような、灰色の翅をした蛾の、その子供らしいですよ」
「そうか。ふむ、だが妙だな」
「え、何が妙なんです?」
 思案する古老の呟きに、今度は黒い鳥が身を乗り出す。
 古老は「ふうむ」と唸りながら、根元に見た黒い芋虫の所作を更に事細かに思い出す。
 そして、黒い鳥から「盗っ人虫」というその名を聞いてもまだ釈然と出来ないその理由を、枝葉を傾げて言葉に表す。
「蛾の子供であるならば、いいや、何の子供であろうとも、子供はいつでも腹を空かしているものだろう。蛾の子供であるならば、わしは毎晩のように、そいつが草花を食い荒らす姿を見下ろしている事だろう。だがおかしなものだ。わしは一年の内でも時々しか、そいつらの姿を見ない。毎晩そいつらの姿を見る事は、わしにはないのだ」
 黒い鳥が、ぱっと翼を開いて陽気に声を張り上げる。
「おかしな事などありませんや、旦那。弱くて小さい芋虫と言えども、ちゃんと足は生えております。旦那の見てない内に、旦那の目の届かない所を行き来しているから、旦那は時々しかそいつらの姿を見る事がないのですよ」
「それにな、わしは、そいつらが蛾の姿に変わる所を一度も見た事がない」
「それも旦那が知らないだけでさ。あいつらはひとの目を盗んで何かするのが得意ですからね。きっと子供の服を脱ぐ時は、恥ずかしがって誰にも見せちゃくれないんでしょう」
「そもそも小さい子供らが、花の言う事などきちんと聞けるものだろうか」
「え? 何ですって? 芋虫が花の言う事を聞く、ですって?」
 黒い鳥は古老の言葉を繰り返して不思議そうに首を傾げるが、古老はそれに答えず、ざわりざわりと葉を揺らす。
 古老が遥か昔から見つめるこの小さな草原。

 

-童話 / 寓話

レビュー

この作品はいかがでしたか?
あなたの感想を送って、作家を応援しよう!

レビューを書く

おすすめ作品