幻創文芸文庫 (β)

小説好きの創作小説を無料配信*スマホ対応

ハードボイルド

44口径より、愛を込めて episode8

   

   ~玲奈~

 私は、鳥ではない。
 そんな当たり前の真理を確認するかの様に、身体は空中を下に向かって泳いでいた。兎を追いかけて穴に落ちたアリスも、こんな感じだったのだろうか。
 最初はゆっくりと下降していたのだが、突然落下は加速を始めた。私の耳を通過する風の音も、落下の時間と共にまた明確な音へと変化する。
 そして、自分が目を瞑ったまま阿鼻叫喚の中心にいる事に気が付いた。
「魔夜」
 誰かに呼ばれた。
「魔夜、どうした?」
 怖くて、目が開けれない。
「誰?」
 意識の整理が出来ない。
「大雅。魔夜、悪い夢を見たんだな」
 ……夢……?
 私は、目を瞑ったまま顔を手で覆った。
「目を開けたそこには、何がある?」
「……何って、俺がいて、いつものお前の部屋だけど…」
 顔を覆う私の手の甲に、大雅の掌が触れた。
「大丈夫だから、目開けてみ」
 私は一度大きく深呼吸して、ゆっくりと目を開けた。続いて指の間を少し開くと、その隙間から彼の顔が見えた。その背景は、紛れもなく私が部屋として使っている空間。
「おはよう。ガーゼ、取り替えてやるよ」
「…………」
 心臓が、早鐘の様に鳴っている。昨晩のワンピースのまま眠っていたらしく、ワンピースが汗びっしょりだ。
「……先に、シャワー浴びたい」
 そう告げて、彼の横からベッドに降りようと床に足を着けた時、左足に鈍い痛みが走り、思わず大雅にしがみ付いてしまった。
 やっと、先程の落下が悪い夢だったと認識出来た。
「昨日倒れたとき、左足捻ったみたい」
「取り敢えず、応急処置して、後で病院に連れて行くよ。傷も診て貰った方が良い」
 私は体勢を立て直すと、足を引き摺りながらバスルームに向かった。身体が気持ち悪くて、どうしてもシャワーを浴びたかったのだ。
「無理すんなよ」
 私は、沈んだ顔を向ける大雅に言ってやる。
「心配にかこつけて、お風呂覗かないでよ」
 全く、可愛げのない女だ。
 バスルームから出ると、ソファ前のテーブルに救急箱が出してあり、大雅の姿はなかった。時計を見上げると十一時を過ぎていたので、店にいるのだろう。
 救急箱を開けて応急処置をしようとしたら、玄関が開いて陽太君が入って来た。
陽太君は私を見るなり大袈裟に声を上げながら、ソファの上に飛び乗ってきた。私の身体が、自らの吃驚と共にジャンプする。
「魔夜さん!! 魔夜さん! 魔夜さん!」
「は、はい?」
 陽太君の顔が、私の顔から十五センチと離れていない位置まで近付いた。初めて間近に凝視したが、随分と幼い顔つきだったんだなと思った。この子、幾つなんだろう。
「うわぁ! こんなに傷だらけで。化膿したらやばいっスよ!! 直ぐに病院連れて行きますから」
 彼は早口で捲し立てると、私が反応する余裕も持たせないまま、いきなり私を抱き上げた。
 陽太君に続いて入室してきた大雅がその姿を目撃し、五秒程静止した後、扉を叩き閉めて出て行った。
 大雅の謎の行動の御陰で、陽太君は正気を取り戻した。幾らなんでも、お姫様抱っこで病院まで行くと言うのは、やり過ぎのように思う。しかし、大雅(アイツ)声くらいかければいいのに。
 降ろして貰う際、目に入った陽太君の左手。巻かれた包帯が痛々しい。
「陽太君こそ、大丈夫?」
 笑いながら答える彼。
「魔夜さんの方が、重傷ですよ」
 陽太君に支えられて外に出ると、私達の姿に気付いたケンさんが駆け寄り、いたわってくれた。
「いつ連絡くれてもいいんだからな!」
 ケンさんは、私達が昨晩の襲撃後、直ぐ連絡しなかった事を気にかけているのだ。
「遅かったんで、ご迷惑掛けるのもいけないと思って」
「傷は、大したことないんだな?」
 ケンさんの眉がハの字に歪んでいる。
「はい。念のため、病院に行ってきます。戻ったら、詳しく説明しますね」
 ケンさんが頷いた。
「陽太、頼むぞ。ついでにお前も診て貰え」
「何をですか?」
 ケンさんが、呆れたように答える。
「何じゃない。左手だ」
 陽太君は左手の包帯を確認するように見つめると、ケンさんへとドヤ顔で爽やかに答えた。
「俺、注射大っっ嫌いなんで、医者に行かない主義なんです」
「「威張って言う事か!!」」
 思わず、私まで突っ込んでしまったではないか。

 病院で手当を済ませた。
子供の様に全力で嫌がる陽太君を、診療室へ送るのに手こずったが、幸い二人とも軽傷だった。私の左足も軽い捻挫で、湿布を貼っておけば二~三日で完治すると言われた。
 思ったより遅くなったので、大雅に電話して陽太君と帰りにランチへ寄ったのだが、電話した時、彼が妙に不機嫌だったのが気になった。大雅もたまには外でランチを堪能したかったのかもしれないと思い、帰りに彼の大好物のフルーツケーキを手土産に買った。
 戻ると、十五時を過ぎていた。
「魔夜、遅い。ケンさん、また出直すって帰ったよ」
 益々、不機嫌度が増している大雅。
「お詫び」
 と、彼の目の前にフルーツケーキの箱を置いてやる。
「俺は、誤魔化されないからな」
 そう言いながらも、彼はちゃっかりケーキの箱を手にした。
「魔夜さん、大雅さんヤキモチ焼いてるんですよ」
「は?」
 茶化すように言った陽太君目掛けて、大雅の投げた雑誌が飛来する。それを陽太君が軽く受け止めたので、大雅が小さく舌打ちした。
「ケンさん待たせてるんだから、少し考えろよってこと!」
「……ごめんなさい……」
「じゃぁ、魔夜さん。俺行くんで、お大事に。昨日の話は俺からケンさんにしときますから、何かあったら連絡ください」
 足早に帰ろうとする陽太君の後を追って店の外に出ると、陽太君の車を越えた五十メートル程先に玲奈さんの姿があった。
「ありがとう、気を付けてね」

 

≪つづく≫

 

-ハードボイルド

シリーズリンク

レビュー

この作品はいかがでしたか?
あなたの感想を送って、作家を応援しよう!

レビューを書く

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください

おすすめ作品

南関東文科大学 タイムカプセル発掘隊 エピローグ(完)

44口径より、愛を込めて episode9

南関東文科大学 タイムカプセル発掘隊 第四話 企業内要塞学校(9)

44口径より、愛を込めて episode33

南関東文科大学 タイムカプセル発掘隊 第四話 企業内要塞学校(5)