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風刺 / ユーモア

ファルブル・コイン

   2016年3月16日  

 作業が一しきり終わったらしいタイミングで、ファルブル二世は、従僕にコインの入った小さな麻袋を投げてよこした。
 反射的に手を出した農夫が、その重い感触を受けて表情をぱっと明るくする。
 うやうやしく頭を下げる男に一瞥をくれると、領主は用意させておいた籠にまたがり、笑った。
 その表情は、使用人に褒美をくれてやった満足感とは別の要素で占められている。
(まったく、なんて扱いやすいんだ……)
 ファルブル二世は、馬車に積んである麻袋の山を眺めた。
 袋の中にあるのは全てファルブル・コインであり、従僕たちへの給金や店や業者への支払いに使われる予算だ。
 かなりの金額だが、しかし、いくら大盤振る舞いをしても家計にはまったく響かないのである。
 ファルブル家では、領内に流れてきた人間が「雇われたい」と申し出てきた場合、原則として理由を問わず採用するが、身柄はもちろん所持品も全て接収することになっている。
 流れ者の多くは傭兵であることが多く、彼らは当然剣や鎧、矢の類を装備しているし、どこかから「見つけてきた」金属の類を持っていることも少なくない。
 ファルブル・コインは、そうした所持品を溶かして鋳造することで作られている。
 つまり、普通に金貨や銀貨などを作る場合とは異なり、まったく元手がかかっていないのだ。
 従僕となった人間にいくら支払っても、「出費」は皆無である。 彼らが働いたことで収穫できた農作物を中央に送れば現金収入になるが、その結果として得られる資産、金貨、銀貨、そして純度の高い銅貨は領主が独り占めしており、従僕たちにはファルブル・コインが渡されるだけなのである。
 従僕たちが給金を使って豪遊したとしても、店の方には価値のある材料が一切届くことはないから歓迎しない向きもあるが、そういう連中には圧力をかけてやれば話はつく。
 こうして従僕たちには労働の対価としての偽りの富が、ファルブル家には本当の財産が蓄積されていく。
 しかも従僕たちはここでの仕事を辞めることは難しい。
 ファルブル・コインは領内でしか使えないからだ。
 他の地域では両替の対象にさえなっておらず、さらに言えば金属が粗悪だったり脆かったりするので劣化が激しく、長旅や長期間の保管にも適さない。
 だから従僕たちは、何だかんだ言いながらもファルブル家で働くことを選ぶのである。
「従僕にはあらゆる仕事をさせ、富を蓄えよ。しかし手渡すのはファルブル・コインだけにすべし。さすれば我が家の繁栄は永く続くであろう」
 というのが、ファルブル二世の父親にして、ファルブル・コインの発明者であるファルブル一世の言葉である。
 実際に人を使う立場になってみると、その見立ての確かさが分かる。
 貴族に叙された際の過程が不透明で、「金で買った」という噂すら立ったこともあるが、元手をかけずに収穫した農作物でもって、一方的に王国の金や銀を「奪取する」という構図を成り立たせたファルブル家の豪腕を前に、そんな悪口を言える人間は誰もいない。
 もっとも、ファルブル二世には力を背景に打って出ようというような野心はない。
 領土は僻地であり、小国の中のごく一部でしかない状況を考えても、どこと戦っても勝つのは難しく、勝って獲得した領地を円満に収めることはさらに至難だと分かってもいる。
 色々と言いたいことはあるが、さしあたってはのんびり領地で過ごす方がずっといいと考えているのだ。

 

-風刺 / ユーモア

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