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風刺 / ユーモア

ファルブル・コイン

   2016年3月16日  

「ファルブルさん、申し訳ありませんが、採用することはできません。様々な理由はありますが、やはり当社としても機械化が進む状況下では、専門機器を扱える人間が欲しいというのが本音でして……。臨時雇いの方だったら空きはありますが」
 いかにも当節流のインターナショナルカレッジ仕込みの礼儀正しさを見せながらも、人事担当者はきっぱりと言ってきた。
 もちろん、彼が礼儀知らずだということはない。
 相手の身なりを見て、つなぎの仕事が必要だろうなと察し、話を進めてくれたのだから、むしろ実に良くできた社員と言えるだろう。
「ありがとう。再検討させてもらうよ」
 老人は、軽く頭を下げてオフィスを出た。
 確かに草刈りや酒瓶運びでもすれば滞納している家賃を支払う手助けにはなるだろうが、もう六十代も終わりに近付いた彼にとって、力仕事は厳し過ぎた。
 もう十二日も休みなしで働いているのだ。求人にあったような内勤をするのでなければ、一日二日骨休めをして備えなければならない。
「ふうう……」
 安アパートに戻ってため息をついても、気づかってくれる者はいない。
 五十年前、ファルブル十八世と呼ばれていた頃であれば、疲れた気配を出しただけで何人もの従者が集まってきたものだが、今では彼の素性にも関心を払われることは少ない。
 ちょくちょく顔を見せていた報道関係者も、この国でいくつかの動乱や戦争が起こったことがきっかけになったのか、最近ではまったく取材してこなくなった。
 馬車に乗り亡命したファルブル十八世を待っていたのは、予想外の冷遇だった。
 もちろん、共和派の武力蜂起は法的には認められるものではなく、政府としての正当性はファルブル家や本国の王家に存在したから、たたき出されるようなことはなかったが、とっくに民主国家の体裁を整えていた受け入れ先にしても、何百年も昔の封建制や絶対君主制に固執するファルブルたちとはまるで考え方が合わなかった。
 だから、亡命政府を復帰させようというような意気込みを具体化してくれることはなく、亡命者たちへの配慮も、一応身分と行動の自由だけを保証するという最低限のレベルでしかなかった。
 そのうちに、現在進行的で活発に展開される国を無視することはできないと、共和派政府と亡命先の国家の国交が樹立されるや否や官舎からも追い出されることになり、今は安アパートの家賃を払うのにも苦労する毎日である。
 もちろん、ファルブル家の家名に見合った収入を得ようと努力をしたこともある。
 しかし、ファルブル家で行われていたことは、いかに人を使うかという分野であり、自分個人の力で仕事をするのはまったく不向きだった。
 剣術や弓術といったスキルも完全に現代の軍隊などでは使えないものになっており、収入源にはならない。
 かつてのファルブル家に興味を惹かれる報道機関も少なくなかったが、単発的な謝礼では、暮らしを立てていくには至らない。
「何とかしなければ……」
 粗末なベッドに横たわりながらファルブルは唸った。
 家の歴史やエピソードをまとめた原稿を買い取ってくれる出版社があり、まとまった金を得るアテはあるが、印税の支払いは三ヶ月後だ。
 当面、どうにかして印税が支払われるまでの収入を確保する必要があるが、体の疲れは限界に達しており、借金をできるようなルートも見当たらない。
 何かしらを質入れしたいとは思っても、既にほとんどのものは売り払ってしまっている。

カタン……

 ドアと一体化している郵便受けに、何かが放り込まれた音がした。
 ファルブルは疲れた体を起き上がらせ、玄関へと向かった。
「単なる広告か……いや、これは……!」
 入っていたのはありふれた質屋の広告チラシ、新規開店をしたという報告だった。
 以前ならともかく、今のファルブルにとっては価値のないものだったが、最後まで目を走らせた彼は、別の感想を抱いていた。
 何故なら、その質屋の名前が「ダルゾン商会」であり、末尾には店の写真と並んで、見覚えある人間の顔が記されていたからである。
 五十年分時間は経っているが見間違えようもない。チラシに映った男は、従者のダルゾンだった。
 ファルブルはすぐに着飾り、外に出ることにした。

 

-風刺 / ユーモア

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