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恋愛 / ラブ・ストーリー

カセットテープ

   2016年6月17日  

「うん。君の願望を叶えるために、学校の何かが君の望んだお姉さんを見せてくれたんじゃないかな。
 でもそれは、馬庭君の話を通してしか知らないお姉さんだから、馬庭君と同じ手順を踏むことでしか姿を見せられなかった。
 長い階段や端の見えない廊下。水浸しの『理科実験準備室』やミズネズミとかね。――君のお姉さん、どんな感じだった?」
「髪が、長くて細面で……写真で見た通りでした。それに静かで凛とした声でした。……僕の思った、考えていたとおりの姉でした」
 お茶を一口飲むと、それまでの昂ぶってぐらついていた気持ちがすうっと治まっていった。
 あの教室で見たすべては僕の願望通りだったことがはっきりわかった。
 けれど、
「……でも、僕は、それでも、あの子に会えて良かったです」
「……彼女は、君をちゃんとここに帰してくれた。下手をしたら帰してもらえないこともあるから。
 ……もしかしたら、お姉さんもいたのかもね。声、聞えたんでしょ?」
 こくりと頷くと、先生は目を細めて微笑んだ。
「そう。じゃあきっと、お姉さんと君はちゃんと会ったんだよ。怖かっただろうけど会えて良かったね、原沢君」
 先生の言葉に僕は我慢しきれなくなって声を上げて泣いた。
 これまで溜め込んできた寂しさや姉への想いを吐き出すように大声で泣いた。先生は黙って、またスポーツドリンクをくれた。
 姉と会えたことで僕の中の幼い姉がゆっくりと溶けるように消えていくのがわかった。
 湖の中に立つ彼女にまったく怖さを感じなかったのは、それが僕の願望だったからだろうか。
 ミズネズミのようなものは怖かったが、それも馬庭の話から影響を受けているのかもしれない。
 手首に巻き付けてくれた光の道しるべは姉の優しさなんだろうか。それに、テープのあの肝心な呪文の部分だけノイズが走っているのも今思えばおかしな話だった。
 色んなことがわからなかった。
 だから、思い切って姉のことを訊いてみようと決めた。
 しばらくして泣き止んだ僕は、スポーツドリンクを持って保健室を辞した。
「また何かあったらおいで」
 そう言って麻上先生は笑った。
 制服のポケットに入れたカセットテープが、歩くたびにカタカタと音を立てた。
 雨はとっくに止んで、水たまりさえなかった。
 満天の星空の下。
 僕はさよならの時の姉の笑顔を思い出していた。
 薄暗がりの中で、他のものは見えないのにどうしてか姉の顔だけはっきり見えた。
 それに、扉が閉まる前、僕を呼んだ声は頭に響いた声よりも幾分幼かった。
 あれが紛れもない本物の姉の声なんだろう。
 僕の想像の姉の声でなく。
「さよお姉ちゃん」
 姉よりもずっと低くなってしまった僕の声は、春の闇に溶けていった。

 

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