町中の文具屋は文具を売るだけじゃないのよ?
今回は、お母さんとの思い出の手提げかばんを六年も使っているアユちゃんのお話。壊れちゃって修理をお願いに来るんだけど、もうその手提げかばんは廃盤になっていて……
さてさて、どうなるかしら?
『手提げかばんオペレッタ』へどうぞいらっしゃい!
ママとの最後の日。その日は晴れてて雲もなくて、夕日が綺麗だった。
あたしはママと手を繋ぎながら、下ばっかり向いて歩いてた。
「どれが欲しい? なにか欲しい物がある?」
普段のママは絶対こんなこと、言わない。
絶対ダメって言うのがママの口癖だった。自分で稼げるようになってから買いなさいって。
それっていうのは今日が最後だからだ。
あたしのママなのが。
だからママは必死になってきく。
どれがいい? なにが欲しい? って。
さっきの遊園地よりもお昼ご飯よりも、ママにはママのままでいて欲しかった。でも、ママが楽しい? 美味しい? ってなんどもきくからそのたびに楽しいよ、美味しいよって答える。そうするとママはほっとして、遠くを見る。これが終わったら、新しい子どもにどんなご飯作ろうかって、そういう顔。
だからいやになった。
どれが欲しいかなんてぜったいに言わないってきめた。
ママも困っちゃったみたいで、並んで歩きながら「欲しい物、ない? 本当に? 大丈夫?」って、あたしがなんにも言わないとしょんぼりしてた。
そのとき。
「あっ……」
あたしたちのあいだで大人気の惑星キャラクター・ツインスターが目にとまった。
月世野小学校裏のお店で教科書や図工の荷物を入れる手提げかばんになって軒下に売られていた。
【手さげかばん あります】
引き戸には広告の裏を使った張り紙がしてあった。
「あれが欲しいの? あのピンクと青の?」
「いいよ……きっと高いし」
「いいのよ。アユ、あれ、好きだったもんね……ママちょっと買ってくるね」
ママはそういうと余所行きのコートをひるがえしてツインスターを手に取るとそのお店に入っていった。
店のおばさんと少し話をして、頭を下げて、ツインスターのピンクと青の手提げかばんをそのまま持ってきてくれた。
「あのね、ほつれたり、切れたりしたらここへ持ってきてくださいって。おばさんが直してくれるから」
ママはちゃんと覚えておくのよって言うように、あたしの肩を抱いて、そう言った。
そしてママはあたしのママじゃなくなった。家の前でさよならをした。
惑星・ツインスターの手提げかばん。
あたしとママの最後の思い出。