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現代ドラマ

エリカの花言葉 第1話 エリカ《孤独》 2

   2016年9月14日  

「なぁ、サインくれよ」学蘭のボタンを上から下まで外し、だらしない着こなしの上級生が恵里香に話し掛ける。
「いゃ、ちょっと、困ります」
「いいだろ、ケチくせぇこと言うなよ」
 そのやりとりを見ながら鼻で笑う弘行に上級生は気が付き、今度は弘行の前に立つ。ガヤガヤ、ワイワイと恵里香に群がっていた生徒達がサイレント動画のように静まると、一斉に退いて教室に重い空気が漂った。
「何だ、おまえ、何が可笑しいんだ」
「いゃ、中学生になると頭が悪くなるんだなぁと思って」元々恵里香に興味などない弘行だから、この間までランドセルを背負っていた女の子からサインを要求する上級生を見ると、『こいつ、ロリコンなのか』と思うばかり。
「何だと!誰が頭悪いって!」
「日本語分からないかなぁ、先輩ですよ。英語の勉強をすると日本語忘れちゃうんですか?英語のノートそんなに真っ白なのに」
 洋平は上級生に絡む弘行を見ていると、始めはハラハラとした気持ちになるが、話を聞いているうちに思わず『クスッ』と笑ってしまう。
 洋平の皮肉な笑みが上級生には怒りの火打石になると、顔がみるみる赤くなり、額の血管が膨らんでいくのが見える。臆病な洋平は、笑い顔から苦い表情に変わるが、弘行は更にヘラヘラとした態度を取った。
「やばっ、おでこ、メロンじゃん」弘行の悪たれ口はさすがに度が過ぎていると感じた洋平は、止めようとして「おい、ちょっと……」と声を出すが、それに被さるように、「この野郎、ぶっ殺してやる!」と上級生が、がなり立てた声を上げる。
 周囲の悲鳴が教室に響いた時、まるで試合終了の合図であるようにチャイムが鳴り、菅村が教室に入って来た。
「おい、何をしているんだ」
 上級生の二人は舌打ちをしながら教室を後にすると、廊下の野次馬達もゾロゾロと群れから離れていく。教室の生徒達が各々の席に着くと、菅村は、「一体、何があったんだ」と問い掛けるが、皆は答えようとしない。
 教室に入った時の様子から、弘行が絡まれていたのは分かるから、菅村は教壇から退いて歩き出すと、弘行の席で立ち止まり問い掛けた。
「嶋岡、何があったんだ」
「何でもないです」
 はっきりとしないことが嫌いな菅村は、大きな溜息を吐いて、「何もないわけがないだろ」と弘行を問い詰めると、「先生、ちがうんです。私が上級生にしつこくされていたのを、嶋岡君が助けてくれたんです」と言いながら恵里香が立ち上がる。
「何を、しつこくされたんだ」と問い掛ける菅村に、恵里香は、「私にサインをしてくれって」と、少し恥じらいがあるように小声で答えた。
 菅村が左肩を軽く叩くと、恵里香は膝の力が抜けたように椅子に座った。
「いいか、杉浦のことは皆も気が付いただろうが、杉浦は過去の活動で良かったこともあれば、それ以上に苦しんだこともあるんだ。それはこうして皆と同じような生活ができないことだ。その為にこの町に引っ越して来て、皆と同じ生活を始めようとしているのだから皆も同じ仲間として接してほしい。これは先生からのお願いだ」
 入学して二日目、小学校ではありえなかった出来事に唖然とする生徒達は、菅村の話しを聞くだけであり、その願いへの返事は無かった。
 
 ホームルームが終わると恵里香は真っ先に弘行に話し掛けて、「嶋岡君、私のせいで嫌な思いしてごめんね」と両手を合わせるが、「別に、おまえの為じゃないし、嫌な思いもしてないよ」と答えた弘行は、鞄を手に取ると席を立ち上がった。
「おい、何処に行くんだよ」
「疲れたから帰る」問い掛ける洋平に対して、弘行は背を向けたまま手を振ると教室を後にした。
「どうしよう……」去りゆく弘行の姿を見て、寂しそうな顔で恵里香が呟く。
 先程までの真昼の陽射しのようだった明るさが、洋平にはうっとうしくも思えた恵里香だが、今は沈みかけた西陽のように寂しい顔をしている。
 菅村の話しと重ねれば、彼女は今日までに同じような出来事が何度もあったのだろう……と、洋平は思う。
「気にすることないと思うよ、怒って帰ったとかじゃなくて、きっとああいう奴だから」洋平の言葉を聞くと、恵里香は小さく頷いて床に落とすような溜息を吐いた。
 
 

≪つづく≫

 

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