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ハートフル

ファイナル チューン [5]

   

 そしてエンディング。
 さっきと同じように全員がステージの一番前に並んで挨拶する。
 アンコールを求める手拍子と脚踏みが一層大きく鳴り響き、歓声が止まない。
 彼らが再びステージ サイドのおれ達の処に戻って来て、ステージの照明が消え、客席の照明が点いた。
「いやーっ、もっと奏ってーっ」
「もっと奏れーっ」
 大勢のファンのアンコールの叫びが飛び交い、会場が騒然となる。
 ほとんどの観客が帰ろうとしない。
「アイコ。検診を受けろ。先生。頼む」
 医師がうなずいて歩き出し、アイコにヒロシが付き添って後に従った。
「良くやったよ。お前ら。このツアーは絶対大成功する」
 おれは、興奮冷めやらぬ表情のメンバー全員と握手して、褒め称えた。

 翌日、札幌へ飛ぶ。
「ぼくは君達と違ってお金持ちだからね。好きな仕事しか入れてないし」
 ヒロシは向こう一年間、何度かのソロ コンサートを除いてほとんど空け、ツアーに同行するようだ。
 勿論皆歓迎しこそすれ、迷惑がる者はいない。
 前夜のコンサートは、スポーツ紙と朝のテレビのモーニング ショーのほとんどが、芸能面のトップ記事に採り上げていた。
 ヒロシがツアーに同行する事を聞いたおれは、ヒロシとアイコに秘密で、他のメンバーとある企てを実行した。

 札幌公演の二日前、おれ達は富良野の大きな牧場に行った。
 日本一のラヴェンダー畑で有名なその牧場は、七月の中旬では真に一面見渡す限りラヴェンダーの紫一色だった。
 おれは事務局へ行って挨拶し、準備を急ぐように頼んだ。
 この牧場は、知る人ぞ知る《ラヴェンダー ウェディング》と言うのをやっていて、真紫色に染まったラヴェンダー畑のど真ん中の小さな草地で結婚式を挙げるのだ。
「ヒロシ、アイコ。ちょっと来てくれ」
 準備が出来ると、遠くの丘まで続くラヴェンダー畑を談笑しながら眺めていた二人を事務局に招き入れ、予め二人の体格に合わせて予約しておいたタキシードとウェディング ドレスを見せた。
「お、おいっ。マ、マスター。こ、これっ?」
「ああ、何て事っ?」
 二人は眼を見張って結婚衣裳を見つめ、アイコの眼から大粒の涙が零れ落ちた。
「ヒロシ。お前はともかくアイコは入籍だけじゃ、淋しいはずだ。参列者はおれ達だけだが、その方が却って良いだろう? 後は係りの人に任せてあるからな。外で待ってる」
 おれはヒロシの肩をたたいて、外に出た。
 他のメンバー達が、してやったりの表情で親指を立てて微笑み、おれを振り向いた。
「マスター。ありがとうな」
 タキシードなど初めて着たであろうヒロシが事務室から出て来て、おれの傍に立ち、照れ臭そうにぼそっとつぶやいた。

 しばらくして、真っ白なウェディング ドレスに華奢な身体を包み、胸一杯の生花のブーケを抱えてアイコが出て来た。
「アイコさん、すっげえきれい」
 皆が一斉に歓声を挙げた。
「あたりめえだろ? おれのアイコちゃんだぜ」
 ヒロシが何時ものヒロシに戻って、傍に歩み寄ったアイコを抱いて軽口をたたいた。
「マスター。こんな事してくれて、私」
 アイコの眼がまた潤んだ。
 式の進行係とカメラマンが出て来て、俺達を導いた。
 満開のラベンダー畑のあぜ道に真っ赤なヴァージン ロードが用意され、その先に演台と古びたオルガンが置いてあり、近所のおばちゃん達のアルバイトであろうが、それらしい格好で構成する、オルガン奏者と三人の聖歌隊が悪戯っぽく微笑んで畑の真ん中の木陰にある小さな草地の上に並び、演台に立った牧師がおれ達を満面の笑みで迎える。
 真っ青な大空の下、見渡す限りのラベンダーの紫に埋もれ、結婚式が始まった。
 十数人の観光客が、ラヴェンダー畑の中での結婚式など珍しいからだろう、鳴り響くオルガンの音で気付いて駆け寄り、二人に向かって何度もシャッターを切る。

 外していた結婚指輪をもう一度互いにはめ直し、誓いのキス。
 そしてラベンダー畑に埋もれての記念撮影。
 そのうちマスコミに知られるだろうが、別に悪い事ではない。
 結婚式はあっと言う間に終わったが、おれ達の歴史の一ページだ。
 ラヴェンダーの鮮烈な色と共に、心に深く刻まれた。
 良かった。
 でしゃばりかと思ったが、ヒロシもアイコも心から喜んでくれたようだった。

 おれはその夜ホテルに戻って、“ホワイト ユー イン ラヴェンダー”を書いた。

 ラヴェンダーに埋もれて佇む君は
 空から降りて来た天使のよう
 瞳を濡らす涙は悦びの涙
 頬を伝う一滴 おれを映してた

 ホワイト ユー イン ラヴェンダー
 イン ラヴェンダー ホワイト ユー
 碧い空と翠の山尾根 見渡す限りのラヴェンダー
 そして君を抱き締める 七月の透き通る風

 ブーケ抱いて恥らう君の微笑みは
 初めて出遭った時と同じだった
 君の微笑みを永遠に消さないように
 何時でも何処にいても おれが傍にいる

 ホワイト ユー イン ラヴェンダー
 イン ラヴェンダー ホワイト ユー
 碧い空と翠の山尾根 見渡す限りのラヴェンダー
 そして君を抱き締める 七月の透き通る風

 誓いのキスで君を抱き唇を重ね
「ずっと愛してる」ってつぶやいた
 触れたままの君の唇が震えて 
「私も愛してる」って動いたね

 ホワイト ユー イン ラヴェンダー
 イン ラヴェンダー ホワイト ユー
 碧い空と翠の山尾根 見渡す限りのラヴェンダー
 そして君を抱き締める 七月の透き通る風

 何時かヒロシに曲を書かせて、ファイナル チューンで奏るか、アイコのソロで出そう。

 

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シリーズリンク

ファイナル チューン 第1話第2話第3話第4話第5話第6話

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