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ハートフル

ファイナル チューン [5]

   

 札幌、青森からツアーは順調に進んだ。
 一月経ち、二月経ち、南に下るに連れて、ネットなどで話題になったせいか、知名度も少しずつ上がり、動員数も熱狂度も次第に高くなった。
 アイコの体調も問題ないようだった。
 季節が冬に向かうのに対して、おれ達は逆行しているのだ。
 それもアイコの体調を保った。
 おれ達の目的を達成する為には、アイコの体調が全てだった。
 ファイナル チューンのサウンドは、アイコのヴォーカルなくしてはあり得ないからだ。
 いや、勿論メンバーの誰が欠けても、あり得ないサウンドだったが。
 地方ではさすがに、ファイナル チューンの知名度は未だ低かったが、それでもその所々のコンサート会場を満席にするだけの観客は動員出来た。
 それに今回のツアーの目的は、知名度を上げる事だ。
 一〇〇〇人でも観客が集まれば良かった。
 彼らを確実に熱狂的なファンに出来る自信があった。
 それが次回に繋がれば良いのだ。
 二度目のツアーでは、全ての都市で一番大きな会場を超満員にしてやる。
 三ヵ月近くで、CDの売り上げ枚数は一気に一〇〇万枚を突破した。
 驚異的な数字だ。
 ヒット チャートでもベスト三〇に五曲もランクされ、そのうち、《シャイニング レディ》、《アイ セイ イエス》の二曲は発売以来、アイドル歌手、アイドル グループとさえ争って常にベスト五を下る事はなかった。

 アイコが何時も左手首に巻いている白いスカーフがファッション雑誌に採り上げられ、コンサートに来る多くの女性ファン、男性ファンの一部さえもが手首に白いスカーフを巻くようになった。
 街を歩いている時でさえ、若い男女が白いスカーフを手首に巻いているのを見掛けるようにもなった。
 その意味を知っているおれ達には、ひどく違和感があったが。
 

 関東に入った頃、ヒロシとアイコが結婚していると言う記事が、ラヴェンダー ウェディングの時に、観光客に撮られたものであろう写真と共に週刊誌やスポーツ紙を飾った。
 テレビ、ラジオなどの出演依頼も数多く入ったが、ライヴ演奏の魅力だけでのし上がって行くつもりでいるおれ達の本意ではなかったので、アイコの体調を考慮して、ツアーの流れに逆らうコースは取らず、コンサートを開催するその地方局の出演依頼には応じたが、例え一曲だけでも、等閑の演奏ではなく、フル ライヴ込みの出演にした。

 名古屋を終え、大阪を過ぎ、四国、九州と無事に進み、ついに今回のツアーの終点である沖縄に着いた。
 沖縄では、あの幻のロック バンド、インフィニティのアイコがヴォーカルだと知れ渡っているようで、那覇に着いた時の熱狂的なファンの出迎えはそれまでで最高だった。
 那覇のコンサートはちょうど、クリスマス イヴに合わせてあった。
 これを終えたら、一月何もない。
 それで皆の休養と、何よりもアイコの体力を回復させなければならなかった。
 二回目のツアーのスタートは一月末、場所は東京ドーム。
 チケットは既に完売していた。
 そして今回も、そのスタートに併せて今回のライヴ ツアーの二枚組CD、DVDが発売される事になっていた。
 那覇が終わり次第、予約を受け付け、編集に入る手はずだ。

 翌日にコンサートを控えた前夜、宿泊先のホテルのレストランで食事を終えて、それぞれの部屋に戻ろうとした、その時だった。
「だ、誰だっ? お、お前っ!」
 ヒロシの叫び声に振り返ると、一人の男がナイフを握ってヒロシとアイコの前に立ちはだかり、低く身構えていた。
「あ、あんたっ。ト、トオルッ? ト、トオルじゃないっ」
 アイコが男の顔を見つめて叫んだ。
 おれは二人の処に駆け寄った。
 既に部屋の中へ入っていた皆も、騒ぎを聴き付けて跳び出し、男の前に立ち塞がった。
 専属医師も出て来た。
「ふ、ふんっ、い、良い気なもんだなっ? おれ達のバンドがやっと売れ始めて、これからって時に、《もう、歌いません》で、さよならしといて、今度は名の売れたバンドからお誘い受けて、今や日本で最高のロック ヴォーカリストかよ」

《インフィニティのメンバーか》
「お前は有名になって、お金持ちになって、幸せかも知んねえけどな。おれ達ぁ、ずっと頑張って来たけど、結局売れなくて解散だ。どうしてくれるんだよっ」
「ト、トオルさんっ。あ、あんたっ。何言ってんだよっ。お、お姉ちゃんがっ、な、何で歌わなくなったのかっ、わ、判ってっ」
 シンが男の前に躍り出てアイコを庇うようにして身構え、叫んだのをアイコが遮った。
「シ、シンッ。だ、だめよっ。い、言っちゃだめっ」
「な、何でだよっ? お、お姉ちゃんっ?」
 シンが男を睨んだまま振り返らず、アイコに叫んだ。
「私が勝手に辞めたんだから、トオル達が怒るのも無理ないわ」
 アイコが男に遠慮したのか、低く力の無い声で言った。
「シンッ。止めろっ。公けになったら、アイコが苦しむだけだっ」
 おれはシンの腕を掴んで引き寄せた。
「お前のバンドが売れなかったからって、逆恨みかい? お前らが下手だっただけだろ? おれの女房にかすり傷一つ付けてみやがれ。おれはお前をこの場で殺す」
 ヒロシが冷静に、しかし強烈な迫力で男を睨んだ。
 ファイナル チューンのメンバー全員もまた、アイコとヒロシを庇って立ち、男に向かって身構えた。

 

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シリーズリンク

ファイナル チューン 第1話第2話第3話第4話第5話第6話

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