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ハートフル

ファイナル チューン [5]

   

「おれ達も、相手にするかい? とすると、お前はここで何回殺される事になるんだ?」
 ショウヤが低く唸った。
 男の眼に恐怖の色が浮かんだ。
「二度とおれ達の前に、その面出すんじゃねえっ。今度会ったらこっちがぼこぼこにしてやるっ」
 コウジが脚を一歩踏み出して脅すと、男は身震いして走り去って行った。
 おれ達はほっと胸を撫で下ろして微笑みを返し合い、部屋に別れた。

 アイコは、自殺しようとした程の発病した時の悩み、苦しみを心に蘇らせたに違いない。
 さっき何を思っただろうか?
 ショックで歌えなくなったりしないだろうか?
 おれは二人の部屋に行って話をしたい衝動を抑えた。
《ヒロシに任せよう。ヒロシがちゃんとしてくれる》
 おれはそれでも、眠れない夜を過ごした。
 何時かは公になるかも知れない。
 いや、例の病院関係者は医療ミスが公になる事を恐れて、秘密を通すだろう。
 しかし金目当てでマスコミにリークする馬鹿が出るかも知れない。
 何事も無く、死ぬどころか、病気を治して、ずっとアイコに歌わせてやりたい。
 それだけが願いだった。

 眠れない永い夜を過ごし、朝になって、皆が朝食に集まった。
 アイコはヒロシと医師と、朝食を終えてコーヒーを飲んでいた。
「皆、私、大丈夫だから。心配しないで。ちゃんと歌えるから」
 アイコがさわやかに微笑んで立ち上がり、皆に気を遣った。
 何時ものように朝食前に診察した医師が、皆に目配せして、指で丸を作った。
「よし。今日が終わったら、一月の休暇だ。眼一杯やろうぜ」
 おれの掛け声に、全員が力強くうなずいた。
 沖縄のラスト コンサートは、メンバー自身が最高のテンションだったせいもあり、また沖縄のファンが熱狂的だったせいもあって、今回のツアーでベストと言って良いほどの大成功に終わった。
 おれ達は翌日、ホワイト クリスマスの東京に戻った。

 年明け五日、久しぶりに全員がおれの店に集まった。
 全員何事もなく、充電も出来たようだ。
 ステージでは、席を埋めた観客を相手に、名の通ったブルース バンドが熱演していた。
 彼らの演奏を堪能してから、皆で今年一年の健康と活躍を祈って乾杯する。
「ぼく達、オーストラリアに婚後旅行に行って来たもんねえ。ハネムーン ベイビーが出来るかもねえ」
「ヒ、ヒロシさんっ。そ、そんな事っ、は、恥ずかしいっ」
 アイコが顔を真っ赤にしてうつむいた。
「良いじゃんよ。夫婦だったら当たり前の事なんだから。こいつらだってガキじゃねえんだし。あれっ。でもヨッチンはもしかして?」
「ば、ばかにしないで下さい。ぼ、ぼくだって、お、女の一人や二人、知ってますよっ」
 ヒロシのからかいに、何時もは大人しいヨッチンがむきになって声を揚げた。
「知り合いがいるだけだろ?」
「ち、違いますよっ。ちゃ、ちゃんとっ・・・」
 皆が笑い転げる。
 ヒロシもアイコも日焼けして、以前にもまして元気そうだった。
「先生が付いて来たんで、水入らずじゃなくて、迷惑だったけどな」
 ヒロシが笑いながら、専属医師をあごでしゃくった。
 医師も楽しそうに笑った。
「私も、妻と二度目のオーストラリア旅行で、新婚に戻ったようでしたよ」
《先生はわざわざ、一緒に行ってくれたのか。ありがたい事だ》
 医師の報告を聴くと、何の問題もないようだった。

「よし。明日からツアーのリハーサルだ。今の処、会場の手配は万全だし、ライヴ CDとDVDの発売も予定通りだ。予約状況も上々だし、後は眼一杯やるだけだぞ」
 皆が無言で、力強く頷いておれを見た。
 やる気が充分伝わって来る。
 そんな時、驚いた事に、ヒロシがとんでもない申し出をした。
「あのな。おれさあ、暇なんだよ。ずっとくっついてくだけでよお。でな、嫌だったら仕方ねえけど、アンコールだけでも、一緒に奏らせてくんねえかな? ファイナル チューンの曲も全部マスターしたし」
「ヒ、ヒロシッ。お、お前?」
「ええっ? ヒ、ヒロシさんっ、ほ、ほんとですかっ?」
「す、すっげえっ。も、燃えるぜっ」
「ヒロシさん、どうせ奏るなら、全曲入りませんか? ヒロシ アンド ファイナル チューンって」
 ユウキがヒロシを歓迎した。

 ファイナル チューンのメンバーが勿論、拒絶するはずがない。
 何と言っても、日本で最高峰に位置するギタリストの一人だ。
「ヒロシはフリーだから問題ないだろ? レコード会社も同じだし。そうだな。どうせ奏るなら、そうしてくれ」
 実は二度目のツアーでも、多少のアレンジはあるが、新曲をやる予定は全くなかった。
 だからそのせいで、新鮮味を欠く恐れがあったのだ。
 しかしヒロシが入るだけで、勿論アレンジも変わるし、同じ曲を同じように奏っても、充分過ぎるほど魅力的になる。
「サンキュー。おれ、ノー ギャラで良いかんな。それとファイナル チューン プラス ワンで良いぜ。それともう一つ。おれだからって、遠慮するなよ。おれもファイナル チューンのサウンドをぶち壊しにする気はねえし、おかしかったら言ってくれよな」
 ヒロシが笑った。
 ノー ギャラという訳にはいかないが、ありがたい申し出だ。
「実は、ヒロシさん。アイコさんとおんなじステージに立ちたかったりして」
 普段無口で、冗談も余り言わないヨッチンが、ヒロシをからかった。
「皆まで、言うな。そちの想像通りよ。お主、意外と知恵が回るのう」
 ヒロシが何時ものポーズで笑った。
 ヒロシもアイコも、アイコが何かの切っ掛けで何時発病するかも知れない事を考え、それまでを一緒に過ごすなら、同じステージに立ち、一緒に演奏したい、そしてそれを一生心に刻みたいはずなのが痛い程判る。
 誰もがそう思い、そうさせてやりたいと、心から思った。

 

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ファイナル チューン 第1話第2話第3話第4話第5話第6話

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