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ハートフル

ファイナル チューン [5]

   

 翌晩のリハーサルから、ヒロシが加わった。
 ヒロシの加入をあらゆるマスコミに流した。
 ポスターやコンサート ツアー用のプロモーション フィルムも急遽やり代える事になった。
 ファイナル チューン アンド ヒロシを知ったマスコミが店に駆け付けた。
 その日の夕刊、スポーツ紙、夜のラジオ、テレビ、翌日のマスコミ。
 全てがファイナル チューンへの、ヒロシの加入のニュースを採り上げた。
 ヒロシの加入によって、ファイナル チューンのサウンドが当然のように、一層引き締まりを持って拡がり、一段と完成度を高めた。

 しかしヒロシが言った通り、互いに遠慮はなかった。
「ヒロシさんっ、そこでギター入って来ちゃだめですよっ」
「何でだよっ、この曲、イントロから、エンディングまでずっとオーケストレーションのパートが多過ぎるじゃねえか。良いか? おれは自分がギター弾きたいから言ってんじゃねえぞっ。シンプルなハイハットとベードラの刻みに、ショーヤのシンセのソロでも良いし、ユウキのギターでも良い。アイコのファルセットでも良いんだ。その方が、イントロとエンディングのオーケストレーションが生きて来るんだって」
「だけどね、この曲のテーマは人間の心の広さと深さなんだって。だから音も広さと深さを強調した方が良いんじゃねえの?」
「コウジの言い分は解るぜ。だけどな、人間って、何時も何時も、広くて深い心を持ち続けてる訳じゃねえだろ? 孤独で泣く時だってあるし、他人を羨んだり妬んだりする事だってあるんだぜ。それを表現するのに、ソロを入れた方が良いんだって」
 こうなったら、もうどっちも譲らないだろう。
 ショーヤが、割って入った。
「こうしたらどうだろうか? いきなり厚みのあるオーケストレーションを遣ってたイントロを、ヒロシさんの言うように、アイコさんのアカペラのハミングから入って、それを追い掛けて、ハイハットとベードラが入って、ワンコーラス行ったらベースの刻みが入って、次のワンコーラスからアイコさんのファルセットにおれのシンセが絡んで行って、その後転調してリフを刻むのに、アイコさんのファルセットとおれのシンセとユウキとヒロシさんのギター、それにコウジのヴァイヴで、ハモるんだ。それでイントロを奏ろう」
 かくのごとく、ともすると掴み合いの喧嘩になりそうになった事が何度もあった。
 しかしそれは、ヒロシがファイナル チューンに加入したいと言い出した時、最初に念を押した事でもあったが、ファイナル チューンのサウンドを高め、今回のツアーを成功させようという皆の意気込みに他ならなかったのだ。
 
 そして全曲のアレンジが完成し、ステージングのリハーサルも充分過ぎる程やった。
 デビュー CDが二〇〇万枚を突破し、人気は高まる一方だった。
 アメリカ、イギリスの有名な音楽雑誌にも、ヒロシがファイナル チューンに加入した記事が採り上げられた。
 ヒロシが加入したバンドという話題で、ファイナル チューンが脚光を浴びた。
 かつてヒロシのいたバンドが、アメリカの人気グループと一緒に全米ツアーをしたり、ヒロシ自身がソロ ミュージシャンとして有名なミュージシャンのレコーディングやライヴに加わったりした事で、アメリカのミュージック シーンでも名が知れているせいだった。
 そしてアメリカ、次いでイギリスのFM局でファイナル チューンの曲が流され、米英のヒット チャートにもランクされた。

 ツアー初日の東京ドームは、朝から路面が凍結するほどの寒さで雪が降り続けていたが、かつて経験した事のない程の熱気だった。
 今まで数々の有名な海外のロック ミュージシャンが来日して、この東京ドームでコンサートを行ったが、集まったファンはそれをはるかに上回ってさえいた。
 昼過ぎに着いたメンバーを、群衆とも思えるほどのファンが取り囲んで迎えた。
 ドーム前の交通の邪魔になる恐れが生じた為、異例の措置で、ステージ リハーサルを早めに終え、午後二時に会場する。
 四時には空白を探しても見当たらないほどの観客でドームが埋まった。

 興奮と熱狂。
 心配していた雪も上がり、ドームの天井を開いた。
 雲が払われた青空に虹が立ち、冬空に不似合いなほどの美しい夕焼けがドームを真っ赤に染めた。
「行くぞっ。眼一杯やろうぜ」
 それぞれストレッチングなどで身体を解していた皆をヒロシが集めて、号令を掛けた。
「よっしゃっ、行こうぜっ」
「OKっ」
 全員駆け足でステージに向かう。
 今回もアイコの体調次第だ。
 このセカンド ツアーが終わったらしばらく演奏活動は中止だから、何とか最後の沖縄まで辿り着きたい。
 それから先の事は未だ白紙だった。
 それが終わると、今度はじっくり充電期間を取って、世界だ。

 メンバーが真っ暗になったステージに上がった瞬間、ドーム全体を揺るがすようなものすごい歓声と拍手、足踏み。
 ステージ脇に立ったおれも、聴衆の興奮と熱狂に包まれた。
 客席全体におびただしい数のフラッシュ ライトが充てられ、ステージの最後方から夜の帳の降りた空に向かって色とりどりのレーザー ライトが伸び、ショウヤがシンセサイザーで地鳴りのような波の音を作り出し、ユウキとヒロシのツイン ギターが交錯して波の音を奏でると、一層激しい歓声と拍手、叫び声がドーム全体を包み込んだ。

 アイ セイ イエス アイ ラヴ ユー
 アイ セイ イエス アイ ラヴ ユー

 驚いた事に、客席から大合唱が始まる。
 ステージ最前部を小走りで走るアイコが片手を上げ、全ての方向の客席に向かってファンに応え、中央に戻って何時ものポーズを取り、イントロに身体を揺らす。
《さあ、アイコ。ヒロシと、ファイナル チューンと、世界だ》
 アイコが歌い始めた。
 客席でうねるようなどよめきが起こり、ドームの上空のはるか彼方へ轟いて吸い込まれて行った。
 
 

≪つづく≫

 

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