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ショート・ショート

ヤングキープ・ウィルス

   

「大統領、どうやら一命はとりとめたようですな。もっとも、執務は後任に譲るそうですがね」
「予想よりは早かったね。ふふ、どんな人でもやはり調子づくということかな」
 見知った人間以外を厳重に排除するために生まれた静寂に包まれた二人がワイングラスで乾杯を行なった。
 カチンという小さな響きが、池に放った小石によって生じる波紋のように広がり、そして消えていく。
 杯を干す二人の男のルックスは並の俳優以上に洗練されていたが、一方で人前には出し辛い危うさを含んでもいた。
「完璧に引っ掛かってくれましたよ。列強諸国の機密情報だと言ったのが良かったのでしょう」
「ふふ、相変わらず優れた演技力だ。パソコンの前に座らせておくのがもったいないよ」
「スポンサー殿のご希望なら劇場でもどこにでも行きますよ」
 初老の紳士を前にしてラフな服装の男が笑った。
 ハッキングと口八丁を使って、決して表沙汰にはできない組織、選民至上主義団体「選ばれし巨剣」の運営資金を捻出している男だ。
 腕は確かな一方で分をわきまえており、政府機関などには手を出していないため、手痛い反撃を食わずに済んでいる。
 ドラスタン共和国と「仕事」をした際には、列強の機密データだと偽って、自分たちの科学組織の分析結果を提出した。
 明らかに予想以上の結果である。いずれどこかに売れればいいぐらいに考えていたデータが、大々的に一国の現象、そして恐らくは世界的な状態として示されつつあるのである。
「ふふ、ドラスタンは溺れる中において木片を掴み我々を助けた。『選ばれし巨剣』がこれをやろうとすれば、必ず各国機関に壊滅される。しかし、ドラスタンの大統領が国内で行なうのなら、気付いていても誰も止められない。そして、他の国々は気付く。なかなか有用なウィルスだが、とりわけ『選別』をするのに使える、とね」
「老いないことは不死を意味しない。また、不老は代替わりを助ける、ですね」
 ハッカーの声に、初老の男は頷き、ボトルを傾けた。
「そうだ。人の器官は老化により衰え、やがて死に至る。しかし、それだけじゃない。高い頻度で使い込んでいればいずれ壊れる。特にある程度弱っていればな。還暦を過ぎて、十代の若者のように無理を続ければどうなるかという当たり前をしばしば忘れてしまうわけだ。『不老』と『不疲』という現実を前にしてね。もちろん、従来の調子やライフスタイルを維持するだけの堅実さがあれば、普通に生きるよりも長命が得られるだろうが」
「先走る者、向う見ずな者、公式に発表されていないからとリスクを考慮しない者……、そうした、我々の価値観には穴わい、人間を間引いて新世代の台頭を促すには、優れた疑似餌というわけですね。誰が動かなくても、数十年も経てば自然に性格によって生死が決まってくる世の中の到来、というわけですな。少々シビアですが、そもそも、この程度の仕掛けにハマって寿命を縮めるような人間は、我々の世界には必要とは言えませんからな。ふふ、どれぐらいの国がウィルスを活用しての『選別』をするやら。ふふふ……」
 悪辣な二人が、妄想めいた思いの交ざった笑みを交し合うと、どこか遠いところで何かが崩れたような音が響いた。
 
 

≪おわり≫

 

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