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ハートフル

モモヨ文具店 開店中<36> ~帰り行く者~

   

かつて故郷をなくし、流れゆく者だったタカアキ、琉華、りいかはモモヨ文具店閉店間近、松野沢から一路新しい故郷を目指す。
そこに幸いはあるのか。

 

 
 漠然と故郷というものに憧れがあった。
 故郷という在りもしないものを、周囲に合わせて口にするとき、ふと胸を突くなにかに気づいたのは大学のころだった。
 それから少し過ぎて、周りの人間は故郷を緩くつながったへその緒のように感じているらしいと知ったのは商社勤め時代の宴席でのことだった。
 漠然とした安心と温かいもの。
 俺のへその緒は早くに途切れ、高校まで暮らしていた月世野にもありのまま受け止めてくれる場所も人もなかった。唯一俺の事情を知っていたモモは日の出県にいればいいじゃないかと幾度も繰り返したが、当時の俺は、月世野に魅力も愛着もなかったところへ、モモと付き合う付き合わないですったもんだがあり、早く出て行きたいという思いしかなかった。
 月世野から出て行くとき、後ろ髪を引かれることもなかった。
 ときおりモモから連絡が来て、東京で遊んだ。
 大学四年間のあいだ、一度も月世野に帰ることはなかった。
 高校時代に住んでいたアパートも取り壊されたとモモが言った。
 大学時代から続く胸を突く痛みらしきものが、郷愁だとわかったのはずいぶんあとで、月世野から遠く離れた東京の片隅で、カップラーメンとミネラルウォーターに囲まれた部屋でのことだった。それも、月世野ではない、もっと別の、もう二度と帰れない、あたたかい場所へ俺は帰りたがっていた。それがどこであるのか、皆目見当もつかなかった。
 疼くような沁みるような痛みを抱えていたある日、なんの弾みかモモの親父さんが松野沢の出身だと知った。親父さんは松野沢を褒め称えた。曰く、人が温かい。曰く、空気が良くて水が美味い。曰く、古くさい町だと若い者がどんどんいなくなっている。けれどとてもいいところだ。
 たまらずきいていた。
 俺も住めます?
 親父さんは太鼓判を押してくれ、後ろ盾にもなってくれた。
 そして松野沢に移り住んだ。
 ミネラルウォーターと満員電車に嫌気がさしたと嘘をついて。
 

 

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