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風刺 / ユーモア

クリーンゲーム

   2017年12月15日  

某国のスポーツ選手たちの大々的なドーピング疑惑が判明した。かなりの強国だっただけに影響はかなり大きかったが、一国レベルの話で済んだかと言うとそうでもなく、全世界の当事者が頭を抱える事態に達した。

しかし、悩んでいる間にもどんどん時は過ぎ、大々的なスポーツ・イベントは迫ってくる。大会の開催すら危ぶまれたが……

 

「これは極めて大きな問題です。何故なら、X国はまったく同じことを繰り返したからです。冷戦の頃と同じ、いえ、もっと悪質なことかも知れません。彼らは、今や世界規模にまで達した観客すら騙したのですからね」
 理知的なことで知られる大国の首相が、珍しく声に怒気を含ませて舌鋒鋭く批判を続けていた。
 英語が分からない人でも字幕を追えば、彼の感情の深刻さはすぐに分かるだろう。そして、彼がここまで言っている事態の深刻さも。
「おおう、お怒りだぜ、大統領さんが」
「首相だっての。大統領は別にいるだろ」
 もっとも、遠い海の彼方で、首相府の様子を眺める学生たちには彼の感情は共有されていなかった。
 彼らはある大学の陸上部に所属していたが、今までまったく実績がなかったし、スポーツの試合で海外にいくなど想像もできなかった。
 だから、深刻な事態によってライバルが減るという程度の認識も持てなかった。
 それよりも彼らにとっては、今日の練習でも自己ベストを更新できたことの方がずっと大事であり、嬉しい出来事だった。
「おう、お疲れ。業者さんから届いてたぞ」
 主将兼マネージャーの院生がボトルを手渡すと、学生たちは口々に「あざっす」と声を発し、容器のフタを開け直飲みを始めた。
 三時間の練習で乾き切っていた肉体は、五百ミリリットル分の水分など、すぐに吸収してしまう。
 もっとも彼らが一気飲みができているのは、ボトルに入っている液体が、今までのどんなドリンクよりも飲みやすいことにも起因していたことは確かである。
「ううむ、いいですねこれ。相変わらず疲れが取れるって言うか、力がみなぎる感じがしますよ」
「まったくです。俺なんて五本も多くダッシュしてきたってのに、全然筋肉に余裕ありますよ。効いてないってわけじゃなく。記録の伸びもヤバいし、こりゃあ来月の関東大会もイケますよ」
 当然、メンバーの士気はかつてなく高い。少し煽ってやれば居残り練習でも始めそうな勢いだ。
 ただ、練習は数をこなせば良いわけではない。やり過ぎれば体を壊すし、耐久力には個人差もある。大会も近いことだし、ブレーキをかける人間が必要だ。
 故に主将はその役を勝って出た。
「ははは、そりゃあ毎日練習してるからな。つまり、自分が伸びてる時は相手も伸びる。伸びてない時も伸ばしてくるかも知れん。無理は禁物ってことだ。大学で終わりってわけじゃないんだからな、場合によっては」
 主将は迷わず役割に従って後輩を制した。
 いきなり、根拠なく初心者の頃に戻ったかのような記録の伸ばし方を部員全員がしているのだから、精一杯ハッパをかけたらどうなるのか見てみたい気はある。
 しかし、それは得策でない。必勝を期すようなレースが控えているわけでもなし、成果が出ている以上無理をする必要もない。
「おやおや、もう後期試験の心配ですか、先輩。大丈夫ですって、お父上の会社に戻るのはもう数年先になるはずですよ」
「そうそう。その間で俺たちも少しはやれるようになっていますからね。だから実業団に……」
「人頼みは良くないんじゃないかな? でもま、調子が良いのはいいかも。ウチの営業部は威勢が第一だって話だからな」
 ほとんど疲れを感じていないこともあり、学生たちは陽気に会話を続けていた。
「これは世界中の根幹を揺るがす問題だ」などと、深刻に語りかける大統領の言葉は、もう耳には入っていなかった。

 

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