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恋愛 / ラブ・ストーリー

オクターヴ上げて奏でる[3] オンリー・イエスタディ

   2017年12月25日  

 学校を飛び出して家にも帰っていなかった彰は、奏子と電話で話をした後、考えを思い直す。そして再び学校へ行くようになると、心配をかけていたお詫びがしたいと言って、放課後の原宿に奏子を誘い出した。

 

 またもやこのケースで通話が途切れた。財布の中に残されていた百円玉と十円玉を使って掛けた電話は、また中途半端に途切れてしまった。
 これでもう、奏子さんと連絡を取る術は無くなってしまった。
 奏子さんは電話が切れる時に、何と言っていたのだろう。……それは、あなたと何か次第とか言っているのが聞こえたが、僕と何次第で、彼女は振り向いてくれるのだろうか?
 本来の要件は昨日の電話で言ったことを謝り、奏子さんに諦めをつけようと思っていた。
 僕の悪い所だろう、幼い頃から出来ないことはしない。手に入らないものは諦める習慣は抜けていない。
 野球も、習字も、算盤も、始めは夢中になっても、自分の限界を知ると止めてしまった。
 英語の勉強なんて、中学一年生の時、教科書を開いた瞬間に学ぶ気が失せた。それが義務教育の一環だとしても、自分に無理なことを学ぼうとは思えなかった。
 高校に入り、崇に誘われた軽音楽部も、ギターコードを指で押さえることができずに一日で退部した。
 物事の諦めも早いが、欲しいと思った物をしつこく強請ることも無かったので、祖母は面倒が見やすかっただろう。
 奏子さんのこともそうだ。別に彼女への気持ちが冷めたわけじゃない。雨の中、拾った傘を差して身を守りながら、行くあてもなく歩いていれば冷静にもなるだけだ。
 彼女に出会い、虜になるという気持ちを知った。
 ある意味、初めてのことだ。自分の手には届かぬ可能性のもの、……それは一人の女性であるが、どうしても自分の手の内に入れたいと思うことが、自分自身の発見でもあった。こういう感情があったんだなと。
 けれど、待てと言うことは、僕にとって諦めろと言っているのに同等なことだ。
 例えるなら、このようなこと。目の前には物凄く欲しい帽子があるけれど、それを買うには、お金が足りない。そんな時にショップの店員が僕に言う。
「慌てて買っても似合うか分からないから、よく考えて、お金が貯まったら来なさい。」
 そんなことを言って、その店員は、僕が買いに来るまで帽子を売らずに取り置きしているだろうか。……
 奏子さんだって同じことだ。女というのは男がぼやぼやとしていたら、あっという間に他人の女になってしまうものだ。
 高校に入ったばかりの頃だ。合コンの時、可愛いと思った女の子がいた。僕は、そういう場所が初めてだったから緊張して話し掛けられずにいると、場馴れした様子の崇が積極的にその子に声を掛けて、あっという間に付き合った。しかし、別れたのもあっという間だった。
 その時に、「僕が付き合っていれば、もっと長く続いたのに。……」なんてことも思っていた。
 麻衣子の時も、崇が、「おっ、あの子可愛いじゃん。」なんて言った時に、僕は相手の性格などはどうでもいいから、今度は崇に取られまいと焦りだしただけだった。 
 奏子さんは、どうだろう。第一に、『待つ』とは何なのかが分からない。
 ただ、奏子さんからの返事がくるまで、日々待ち続ければよいのか。それとも、僕が何か動くべきことなのか。
 後者の話だとすれば、今の僕にできることなど何もなかった。学校も辞めようとしていて、家にも帰らず、昨日、今日と入っていた居酒屋のアルバイトにも行く気にならず欠勤の電話をしたら、怒り出した店長から、『もう来なくていい』と言われてしまった。
 本当に何もない。奏子さんのことどころか、自分のことすら分かっていないのに、付き合えるわけがない。これは冷静な判断だ。
 けれど彼女を諦めることのできない気持ちが、その判断を狂わせるウイルスのように潜伏している。

 

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