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風刺 / ユーモア

モラトリアム・スコア 「無職」でいるために

   2018年1月5日  

 もう午後十時ということもあり、学食には職員の姿はなかったが、ほとんど支障はなかった。
 一部のスペシャルメニューを除けばほとんどが機械化されており、好きなメニューを頼むことができる。
「俺はチャーハン」
「俺は中華丼にするかな」
 無機質なマシンを一、二秒ほど凝視して、黒光りするそのボディに人差し指を当てると、「かしこまりました」との返答があった。 もちろん、懐かしい感じのマシンっぽさはなく、ある女性タレントの声をベースにした、ごく自然かつ美しいボイスである。
 後はテーブルに座っているだけで、じきに熱々の料理が運ばれてくることになる。
 その間の空隙を埋めるのは、学生っぽい会話ということになるだろうか。
「どう思う?」
 栗島は、周囲に誰もいないのを知りつつ、少し声を落として聞いた。
「やばいね、どうも」
 菅井もまた、声を若干低めてみた。
「教務課の先生に聞いた話だが、四月から『六回生』以上の必要ポイントがかなり上がるそうだ。二割か、三割か……、松崎たちは今カッツカツだからな、ちょっと持つかどうかは分からん」
「世代交代ってわけだね。俺らもうかうかしてられねえな。しかし、頭が痛い話だぜ。もうちょっと一年と二年の時に真面目にやっとくべきだった」
「ま、あの連中と馴れ合うのも、もうしばらくってことになるかもな。ダメだったんだろ、専門学者認定試験の方。だからこの年末に、まだ稼いでるんだ」
 しかし、話の内容はどうにも暗い。年末だから仕方がないが、新年の学期明けが待ち遠しい。
 最善は博士課程進出だが、卒業試験までいけばしばらくは安泰という計算も働いていた。
 この巨大な棟内で生活するのに必須な「ポイント」は、学期ごと、学年ごとに振り分けられる仕組みになっている。
 一ポイントがゼロコンマ五円という換算だが、学部から上がったばかりの「新人君」や二年生、そして博士過程の一年から三年までの間なら貰えるポイントは極めて潤沢だ。
 相当散財しまくってもまるで問題ないぐらいの「収入」が入ってくる。
 しかし、三年、四年と年を経るごとに、貰えるポイントは急速に減り続け、逆に必要になるポイントは増していく。
 故に、ベテランと自称する留年生たちは、常にポイントの工面に四苦八苦している。栗島たちが毎日作業に臨んでいるのは、ひとえに、生活に必要なポイントを稼ぎ出すことと、より厳しくなる来年以降に備え、少しでも「貯蓄」を増やしておこうという意味合いからである。
 外でのアルバイトは代替にならない。学内では「ポイント」以外何の価値も持たず、学外に居場所などないからだ。
「もう少し貯めてりゃあって、最近はそういうことばっかり考えるよ。バイトしても結局意味ないって、先輩が言ってた通りだった」
「ま、気付くのも経験だからな。無邪気にバイトしていいのは世間知らずな新人クンか自信がある奴だけに許された特権みたいなもんでね。それに、仕事なんてダメだ。散々殴られて気付いたよ」
「俺もまったく同感だよ」
 と、栗島も菅井も頷きあった。
「モラトリアム・スコア」と、職に就きたくない系学生たちからあだ名されている学内ポイントを集めに走っている「ベテラン」たちの中でも、はじめて入った職場で暴力沙汰に巻き込まれて散々な目に遭ったという点で、栗島と菅井は一致している。
 わずかな給金を巡ってこれほど簡単に暴力を振るう連中がいる社会でまともに仕事をしたら大変なことになる。
 だから働きたくないというのが二人の主張だった。さらに言えば、桑原や松崎たちベテランも、理由は違えど働きたくないという意思は固い。
「どうなるかな。やっぱり、大学側次第だろうな」
「うん。俺らもそうだな。学校側が決めてくれないと、俺らはどうにもならん」
 モヤモヤした悩みを抱えつつの会話は、やはり明快な答えには至らなかった。料理がいつも通り熱くおいしかったのだけが救いだった。

 

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