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風刺 / ユーモア

モラトリアム・スコア 「無職」でいるために

   2018年1月5日  

「遅くにすみませんな、松崎殿。年末の貴重なお時間と知ってはおりましたが、どうしても会話がしたくてな」
「なっ、何をやっているんですか、松崎先輩っ。一度投じたポイントは何をやっても返らないって知っているでしょう!」
「ご心配はごもっとも。しかし、もう私には用のない代物でしてな。外の世界に出るのですから」
 驚きのあまり、初対面の頃の態度に戻った栗島に、松崎もまた初対面の時にみせた、作られたオタクっぽさとは別の真面目さで応じた。
「私に割り当てられるポイントが三分の一になると、大学の事務局から連絡がありましてな。あの論文の出来では『良』は出せないし、翌年以降の期待値も下げざるを得ない、と。もっともな見解だと思います。実際、僕の力量では今後学問に生きることは……」
「そ、それじゃあ、先輩は」
「ええ、働くことにしました。学習塾から良ければと言われているんです。元々教師としての結果を求められるのが嫌での無職主義、社会人としてうまくやれるわけはありませんが、それでも体裁を整えないことには。桑原殿もスポーツクラブのインストラクターになると申しておりました。彼からも荷物が届くでしょう。ポイントで手に入れたものですが」
「せ、先輩……!」
「栗島君たちは、頑張って下さい。怠け者だからこそ、張れる意地もあるでしょうから。他の人には理解されないかも知れませんがね。ま、容姿に関しても、自分が好きでやっていても、周りからは評価されないこともありますし、とにかく全力で頑張って」
 満面の寂しさを、少しばかりの笑顔で補って、松崎は通信を切った。
 栗島はかける言葉が見つからず、文字のチャットでも何も送れずにいる。
「ご主人様、もし良ければ松崎様に何かお送りしておきましょうか。ここ数日で大分お稼ぎになりましたし……」
「ダメだ。ポイントは大事だ。来年以降もっと必要になるってなら、とにかく集めとかなければならないな」
 栗島は物凄い勢いでキータイプを再開した。その延々と連弾される音は、彼の心情を表しているようでもあった。
 メイドは、主人の心を汲んだのか、あるいは作業開始のサインを受けたからか口を挟むのを止め、室内にはタイプの音と荒い息遣いだけが響き続けていた。
(働きたくねえ、働きたくねえんだよ)
 一日十四時間に及ぶポイント稼ぎのために、時折飛びそうになる意識を必死でつなぎ止めつつ、栗島は作業を続けた。
 親からの仕送りなどもまったく期待できない現状、働かずにいるためにはとにかくここでやり続けるしかなかったのである。

 

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