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恋愛 / ラブ・ストーリー

オクターヴ上げて奏でる[5] ラ・カンパネラ

   2018年1月5日  

 彼から告白を受けた時は、正直、ただ驚いただけだった。何で私なのだろう、……と。
 毎日の暇つぶしなら、私では退屈すぎるはず。
 体だけが目当てなら、選択肢にも当てはまらないだろう。
 自分の品質くらい鑑定できるから、彼は自分でも気づかない私を知っているのか、ただの変わり者なのか。……
 彼がどう思っているのかは別にして、私は私で、彼の人間性に惹かれていた。それは私に足りない感性や、初めて気づかされた感情を持っていることだ。
 あの日の朝、彼は私が見たことのない世界を見せてくれた。
 考えれば私の生きる世界なんて、ピアノと楽譜があれば事足りるもの。
 ピアノを弾く時、楽譜を見れば、そこに記された音符や記号通りに弾くことで、作曲者の考えや曲にある背景を表現できても、作曲者の見た空の色、風の冷たさ、人の表情は、私が思い描くしかない。
 曲は作曲者の人生を描いたものだから、それを思い描けない人は表現することができない。私はピアノ弾きにとって最も大切なことを彼から教わった。
 まだ月が浮かんで見える、朝焼けの空。
 夜の名残りがある、風の冷たさ。
 私の為に懸命な表情や、私の笑顔に応える彼の笑顔。
 音楽とは、そんなことの一つ、一つが音になり、その組み合わせが曲になる。
 音が五線の中で納まらないのは、人の感情を表現するのに定められた範囲では収まらないことを表しているからだろう。
 そのことに気づかされた時、彼との出会いは私にとって、掛け替えのないものだと思わされた。
 だから、いくら父の言いつけであろうと、この出会いを無にすることはできなかった。
「来月にはコンクールの予選も控えているのだから、それに集中しなさい。」
「嫌だ!会うなって言うなら、私、ピアノも辞めるから。」

 親と喧嘩をすることなど、同い年くらいなら誰にでもあることなのだろう。けれど、私には、『正しい親への反抗の仕方』など、分からなかった。
 そして、人を好きになるには、それまでの支度が必要なのか。……私には、彼と駆け引きにするようなものがピアノしか無かった。

 

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