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恋愛 / ラブ・ストーリー

オクターヴ上げて奏でる[5] ラ・カンパネラ

   2018年1月5日  

 一夜明けて、朝の通学電車で彰君を見かけなかった。
 本当に、もう会わないつもりなのだろうか。……良からぬ不安だけが、頭に中を駆け巡る。
 あの日の朝、原宿から学校へ向かう電車の中で、私は彼からの告白に返事をしたはずだった。
 しかし彼は、私が勇気を振り絞って話したことに、気が付いていない様子。
 それはそうだ。普通ならば、『好きです。』『私も。』で済むようなやり取りを、あんな風に応えた私の間違い。だから、二人の関係は始まっていないのだろう。
 しかし、私にとっては、彼氏、彼女という、相関図のような繋がりは関係なく、彼と出会ってからの一か月ほどが、忘れられない時間になっている。

 教室では彩乃がいつも通り、涼し気な笑顔を見せていた。
「おはよう。」
 挨拶を山彦のように返すが、何所か刺々しさはあったのだろう。彩乃は顔を顰めて私を見ている。
「何?なにか、あったの?」
「別に。……あ、昨日、崇君どうしてた?」
「崇?夜は普通に家にいたけど。……それが、どうかした?」
「ああ、そう、……どうかしてるのは、素行の悪い弟の方じゃない?」
「まぁ!それ、どういう意味!」
 彩乃に限らず、友達に対して、こんな態度をとったのも初めてだった。そう、どちらかと言えば、私は人に無関心なはず。良しも悪しも、人は人で、他人の行いに関心は無かった。
 例え私の悪口を言う人がいても、それには幼い頃から慣れていたし、家族以外の人が言うことなど心に響かない。
 ピアノだって、この教室の皆と争う気もなく、敵視したこともない。
 コンクールのような賞レースは嫌いだが、父が出ろと言うから、決められごととして参加するだけ。
 人と争っても、ろくなことがない。現に、コンクール前になると、『キョウ、アナタノイエニ、ヒヲツケル』など、ワープロ文字の手紙が家のポストに入っていたり、刃をむき出したカッターナイフを、私の机の中に入れたりするのは彩乃だと気が付いている。
 誰しも自分が大切で、それを守る方法は人によって違うことも分かるから、彩乃のすることを責めたりはしない。けれど、彼に関することだけは別だ。
 彰君に起こる災難が自分のことに思えてしまうから、万引きの件も腹立たしくてならない。
 彼が必死で友達を庇おうとしている最中、彩乃の馬鹿な弟は、欲しいCDを手に入れたことに浮かれて、夜には何もなかったように家族で夕飯を食べていたと思うと、姉のことまで憎らしく思える。
「ごめん、ごめん、何でもないから。ところで、昨日の夕飯何だった?」
「夕飯?どうして?」
「いや、何でもない。『すき焼き』でも食べてたらね、家に火をつけに行こうかと思ったの。」
 そう言い放つと、彩乃は魔法で蝋人形にされたように、ピタリと瞬きが止まっていた。

 

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