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恋愛 / ラブ・ストーリー

オクターヴ上げて奏でる[5] ラ・カンパネラ

   2018年1月5日  

《ラ・カンパネラ》
 私がコンクールで臨もうとしている曲は、《パガニーニによる超絶技巧練習曲第三番『ラ・カンパネラ』》
『カンパネラ』とは、イタリア語で、小さな鐘と言う意味。
 学園祭での演奏が終わると、私は十二月に行われるコンクールで弾く曲を決めかねていた。
『上野の森国際ピアノコンクール』は、私の高校が付属する大学の後援でもあり、高校生部門には、校内からも多くの生徒が出場を希望するから、まずは校内選考に受からなくてはならない。
 その選考会が来月に控えている。学校側も当大学が後援していることもあり、生徒達の中から優勝者を出したいと気を張っている。
 ショパン、リスト、クラマービューロー、モシュコフスキーの練習曲より、十五分以内の自由曲を一曲決めて演奏する。
 そのコンクールに私は、曲が決められなければ学園祭で弾いた《英雄ポロネーズ》を弾けばよいか、……と、安易な考えを持っていた。
 けれど、私の心境は彰君との出会いで大きく変化した。頭の中で《ラ・カンパネラ》の曲が鳴り響いた時、これを弾こうと思った。
 講師の先生は、この曲を弾くと言った時、『コンクールで弾けば、我が校の生徒が注目されることは間違いない。』と賛成してくれたが、技術が追いつくのかと不安そうな表情も見せていた。
 けれど今の私には、彼を無くしてこの曲を弾くことができない。……このまま彼と会えなくなれば、コンクールで弾くどころか、耳にするのも気苦しい曲になってしまうだろう。
 自由曲を変えたいと伝えた時、先生は私の言うことに戸惑いを見せていた。
 恋愛経験の無い私でも、『恋は盲目』と言う言葉くらい知っているが、だからと言って、その理由を率直に伝えることはせず、「技術よりも、今は、この曲に感情がついていかないんです。」と伝えたら、先生は目を丸くして驚いた後、笑い茸でも食べたような笑みを見せていた。
「あなた成長したじゃない。今まで、どこか曲に無関心な所も見えていたけど、感情がついていかないか。……ハハ、……なるほど、なるほど。」
 先生は、窓から見える外の風景を、ぼんやり眺めた後、「ラ・カンパネラか、……」と、独り言を呟いていた。
「あなたは、鐘を自分で鳴らすものだと思う?」
「え?」
 その質問は今まで考えたこともないことで、頭の中では疑問符だけを浮かべていると、先生は私の表情を伺おうともせず、窓の外に目を向けたまま、「鐘って、きっと、何かを知らせるものなのよ。」と言う。
「この街では、夕方の五時になると、『夕焼けチャイム』が鳴り響くでしょ。鐘とはちょっと違うけれど、あれも、この街の『ラ・カンパネラ』よ。きっと鐘って、その時が来たのを知らせてくれるものなのよ。だからあなたも、その鐘がもう一度聴こえるまで、悩んで、迷って、それでも聴こえなかったら、もう一度、話をしましょう。」
 四十過ぎた女性教師の横顔は、どこか経験豊富な女の表情にも見える。それは、私の心の中を見透かしているように見えた。

 

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