幻創文芸文庫 (β)

小説好きの創作小説を無料配信*スマホ対応

伝奇時代

生克五霊獣-改-10

   2018年1月9日  

「そろそろ、鬼が来ますよ」
 まるで、大道芸の見物だ。と、晴明は思う。

 伝奇時代ストーリー

 

「さぼん、ですか?」
 貴重な、それも屋敷でしか嗅いだことのない匂いで気付いた。
「ああ、これがないと落ち着かないのでな。母上が持たせてくれたのだ」
 どこまでも、お坊ちゃんだ。
「晴明殿でしたか。いつも、湯浴みの度になんの匂いかと気になっていて、ある日母上に尋ねたのです。そしたら、富子様がお持ちのさぼんの匂いだと」
「母上は、香が好きでな。さぼんも、香の強いものを自分で作っておるのだ。これも、母上の特製。お前も、使ってみるか?」
 葛葉は、さぼんなど使ったことが無い。
「そんな貴重なもの、よろしいんでしょうか?」
「ああ。さぼんくらい、使ったことがあるだろ? 強い匂いがあるだけで、たいして変わりはしないがな」
「お恥ずかしいのですが、名前しか存じません」
 晴明は、きょとんとした。出会った時からそうだ、葛葉とは価値観というか生活感が違うように思う。
「お主は、どんな生活をしてきたんだ……」
「どんな、と言われましても。比べる対象がわかりませんから」
 それもそうである。
 晴明は、さぼんの使い方を葛葉に教えてやった。
 葛葉が風呂から上がる頃には、晴明はすっかり深い眠りへと落ちていた。
 翌朝、式神が朝餉を運んできた。朝の身支度の時も、葛葉は出来る限り晴明の手伝いをした。
 夜まで、時間がある。食事をゆっくり終えたところで、泰親に晴明だけが呼ばれた。
「昨晩は、ゆっくり眠れましたか?」
 泰親は、相変わらず不気味にくすくすと笑っていた。
「お陰様で。夕餉に続き、朝餉も絶品でした。礼を言います」
「富子さんから、若様をよろしくと頼まれておりますから」
 泰親という男は、富子の事をよく知っていると思った。
「母上とは、どのようなご関係で?」
「疑うような仲では、ございませんよ。古い友人です」
 本当だろうか。
「さて、本題に入りましょうか。鬼退治なるものが、口実と言うのは既にご存じでしょう?」
 晴明の顔が、え? となった。
「あら、本来の目的をお忘れになりましたか。それとも、純粋に信じてしまいましたか」
 所詮は子供か、と泰親は思う。が、想定内である。
「葛葉を亡きものにするのが、この旅の本来の目的でしょう。そこを見失ってはなりませんよ。彼女に酷く苦しめられた幼少をお過ごしになられた、その復讐がようやく出来るのです。しかし、私が見たところ、仲良くなってしまわれたのでは? いけませんねえ」
 晴明の背中に、ぞっとした悪寒が走った。知らない間に、身体が震える。
「冷えますか?」
 泰親は、わかって聞いた。
「まあ、案じなさい。やはり貴方には出来そうにありませんから、私が変わって差し上げます。それに、これは富子様の願いでもありますから」
 この村に、単純な鬼などいないのかもしれない。本当にいるのは、人の面を被った鬼だ。
 泰親との話を終えると、晴明はとぼとぼ小屋に戻った。泰親が言うには、今夜鬼の姿をした式神を出すという。そして、混乱に乗じて葛葉を喰い殺すのだと言う。
「晴明殿、おかえりなさいませ」
 葛葉も出掛けていたのか、丁度小屋に入るところで鉢合わせた。
「ああ、お主も何処かへ行っておったのか?」
「はい。祠というものが気になりまして。この先の広い場所に、5つの祠が五芒星を描くように設置されておりました。けれど、どれも破壊どころか動かしたような形跡も見当たらなくて。霊気もそれなりに感じましたし。おかしいですね」
「作り直したのではないか?」
「さあ、最近の物ではないように見えましたが」
「左様か」
 2人は、足を洗うと小屋の中へと上がった。夜まで時間があるので、ひと眠りする事にした。
 空に一番星が瞬く頃、夕餉が運ばれてきた。相変わらず、ご馳走だ。今夜の酒は、控える事にした。
 食事を終えたところには、空に満月が浮かぶ。ギラギラと不気味なほど輝くそれは、眩しいとさえ感じた。同時に、晴明に恐怖を感じさせた。
「鬼が不安でしょうか? 盗賊には勝てませんが、鬼でしたら私も戦えますから」
 葛葉が少しでも落ち着かせようと、晴明に話しかけた。そうではないのだ。目の前で知った人が死ぬところを見なければならない、それは本来自分がしなければならない事かと思うと、自分の立場が怖くて仕方なく思えた。
「頼もしい女子だな」
 晴明が顔を背けた時、その先に泰親の式神が現れ、ぺこりと頭を下げた。
「どうやら、時が来たようだ」
「はい」
 何も知らない葛葉は、晴明と式神の後を歩いた。
 着いたのは、枯れた村との境界線。そして、そこに泰親がいた。
 2人を見つけると、泰親はくすくすと笑った。
「そろそろ、鬼が来ますよ」
 まるで、大道芸の見物だ。と、晴明は思う。苦虫を噛み潰したような顔で、その様子を見守った。

 

-伝奇時代
-, , , ,

シリーズリンク