幻創文芸文庫 (β)

小説好きの創作小説を無料配信*スマホ対応

伝奇ロマン

怪盗プラチナ仮面 25

   2018年1月9日  

 
「シャルロッテさんの勇気には敬意を表しますよ」
「これは勇気なんでしょうか?」
「ええ。私がこうして何となく生き延びているのは、多分臆病者だからでしょう」

 シャルロッテは「ご謙遜ね」とうつむき加減になって呟き、しばらく黙っていてから不意に顔を上げた。

「『人造絹糸』ってお聞きになったことある?」

 それは初めて聞く単語だった。

「パルプを化学処理して絹みたいな糸を作るんです。今はちょっと事情があって製造中止になってて。私が嫁ぐフリーゼル家の会社はこれの商品化でひと山当てるつもりらしいんです。……本当はまだ誰にも話しちゃいけないことなんですけど」

 思わず吾輩は周囲を見回し、声を低くした。

「それはやはり……お父上のお仕事に関係があるのですか?」
「そのための嫁入りですのよ」

 シャルロッテが笑った。月明かりが斜め上から照らし、とても16歳には見えないような深い陰翳を形づくっていた。

「ミュラーとフリーゼルが技術提携して、新時代の繊維を開発する計画があるんです。父はいずれ、フリーゼルとの合弁会社をフランクフルトに設立するつもりで。それだけじゃありません。ミュラーは口癖みたいに言ってます。『人間の手で創造した新しい物質でこの地上を埋め尽くす!』。 化学物質の用途は想像もつかないくらい広がってるんです。お分かりになります?」
「いいえ……」
「人殺しの手段も無限に作り出せますのよ! ちょっと吸い込んだだけで即死するガス、強力な火薬、いや、まだまだ……」

 シャルロッテはふふふ、と笑った。

「そのための嫁入りですの」

 7月末だというのに、ほとんど暑さを感じない夜だった。シャルロッテは右手でショールの前を合わせて歩きながら吾輩の顔を見つめていたが、慌てたように視線を逸らした。

「なぜなのかしら、悪い方にばかり考える癖がついてしまって」
「それは良くありませんね。未来は誰にも分からない。良い方に考えるのが神の御心にも沿うというものでしょう」
「ミュラーは無神論者なのですけど。夫になる人はルター派なんだそうです。それだけが救いといえば救いかしら」
「まあ、人間に与えられる条件は様々です」

 シャルロッテは黙っていた。吾輩はあれこれと言葉を探した。

「気休めに聞こえたら申し訳ないが、幸福を手にできるか否かはあなたのお力次第かもしれない」

 やはり気休めだったのだろう。彼女に与えられた条件はあまりにも不利だった。

 そして16歳になるまでに形づくられた彼女自身の資質も、不利な条件を打開するより、さらに悪化させるために整えられたに過ぎないということを、この時の吾輩は知る由もなかった。
 

 

-伝奇ロマン
-, , ,

シリーズリンク

レビュー

この作品はいかがでしたか?
あなたの感想を送って、作家を応援しよう!

レビューを書く

おすすめ作品