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恋愛 / ラブ・ストーリー

オクターヴ上げて奏でる[6] きらきら星

   2018年1月10日  

 ポケベルにメッセージが届いたのは、崇のことなんて、すっかり頭から消えている時だった。
『オネガイガアル』『タカシ』

 憂さ晴らしに殴ってやろうと思う気持ちで、崇と高校の裏にある公園で待ち合わせた。
 公衆便所の裏側、人けがない場所で壁に寄り掛かっている崇の姿が見える。
 崇は僕の顔を見ると、教室で見せる時と同じ表情で笑っていた。その態度が僕を更に腹立たせた。
「お前、何処にいたんだ!探したんだぞ!万引きの事だって、……お前のせいで、えらい目にあったじゃないか!」
 崇は僕のがなり立てる声にも恐れることなく、「ごめん、ごめん。」と言いながら、ヘラヘラと笑っている様子。
「なぁ、そんなことより、金貸してくれないか?十万、無ければ五万でいいから。すぐに返す、とりあえず今日必要なだけなんだよ。頼む。」
 僕の中で僅かに残っていた理性は掻き消されると、握りしめた拳が崇の頬を殴りつけていた。
 その拳を握る指の一本一本に込められた力は、崇だけに込められたものではない。けれども、崇を殴る理由など、どうでもよかった。腹を空かせた虎の前に立てば、食われるのも当たり前だろう。……そんなことだ。
 崇は壁に体を打ち付けると、僕のことを睨みつけていた。
「金なんか貸さねぇよ、バカ!」
 そうやって唾を吐き捨てるように言い放つと、崇は僕の胸倉を掴んで、血走った目を見せ付けた。
「偉そうなことするんじゃねぇよ、……お前は、どれだけご立派なんだよ。何でもハンパじゃねえか。俺はなぁ、お前の何倍も苦労してんだよ。」
 僕から手を出したとはいえ、崇の様子がいつもと違う。ものの善し悪しくらいは分かる奴だから、自分の過ちを正当化するような人間ではない。しかし目の前の崇は、狐に取りつかれているような目をしていた。ここ数日で何があったのか、……僕の知っている崇とは違う。
 今までが嘘なのか、これが本来の姿なのかは分からないが、僕の知る崇は、明るくて、剽軽もので、いつも皆に笑っている仕草。
 本当ならば彼に八つ当たりする僕の方が、よっぽど道理に外れた人間なのだ。
 崇は僕から手を離すと、「俺は、お前のこと殴れねぇよ。……」と呟いて、その場を立ち去った。
 崇とこういう雰囲気になったのも初めてだが、僕が殴った訳を見透かしているようにも思えた。
 あの日、僕と一緒に原宿で買ったスタジャンを着ている。真っ赤な色の背中に、僕を睨みつけていた目を思い出す。彼は一体、何を背負い、何に追われているのだろう。……
 呼び止めて金を貸してくれと言った訳など訊けず、去りゆく姿に目を向けていた。

 悩み事にも容量はあって、新しい悩みができれば古いものは仕舞われて、また新しい悩みができて、一つ解決すると古い悩みが引き出される。そんな仕組みだと思っていたが、今日一日の出来事が頭の中で膨らみ続けて、これ以上膨らめば、風船のように割れてしまいそうだった。
 崇への苛立ちは消えていた。そもそも彼の人間性を、今という上辺だけ掬って測る仲ではないのだ。
 それを考えれば、彼を殴ったことには後悔しか残らない。
 考えてみれば万引きの件だって、僕は被害者のような心情でいたが、崇に罪を押し付けられたわけでもなく、彼からすれば、あの場に僕等がいた方が厄介だったのだろう。
 金を貸してくれと言った崇は、今、何かに苦しんでいる。そんな友達の相談を聞くこともせずに、僕は彼を殴った。
 けれど崇は、僕のことを殴れないと言っていた。……その一言が彼と僕の、人間性の違いを語っていた。

 

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